第18章「新たな使命」

壁の下地を崩す作業は、予想以上に時間がかかった。


 魔法で強化された壁は、通常の壁よりも遥かに硬かった。鑿の刃が何度も欠け、槌を振る腕は疲労で痺れていった。


 だが、建吾は手を止めなかった。


 一打、また一打。


 確実に、壁を崩していく。


「敵だ!」


 ヴァルターの声が、通路に響いた。


 魔王軍の兵士たちが、こちらに向かってくる。


「時間を稼げ! あと少しで、壁が崩れる!」


 建吾は叫び、作業を続けた。


 背後では、激しい戦闘音が聞こえていた。


 剣と剣がぶつかる音。魔法が炸裂する音。悲鳴と怒号。


 だが、建吾は振り返らなかった。


 今、自分にできることは、この壁を崩すことだけだ。


 コンコン。コンコン。


 壁に亀裂が走る。


 もう少し——


 バキッ!


 壁の一部が、崩れ落ちた。


 その向こうに、光が見えた。


 赤い光。脈打つような、不気味な輝き。


「これが……魔法の核」


 建吾は、その光を見つめた。


 巨大な魔法陣が、壁の裏側に刻まれていた。複雑な紋様が、赤い光を放っている。


 これが、魔王城を支えている力の源だ。


「壊す」


 建吾は、魔法陣に向かって鑿を振り上げた。


 そして——


 全力で、叩きつけた。


 ガキン!


 魔法陣に、亀裂が走った。


 同時に、城全体が揺れ始めた。


「何が……起きている……!」


 魔王軍の兵士たちが、動揺した様子で周囲を見回した。


「城が……崩れる……!」


 シルヴァの声が、通路に響いた。


「ケンゴ! 早く逃げないと……!」


 建吾は、魔法陣をもう一度叩いた。


 亀裂が広がる。光が弱まっていく。


 だが、まだ完全には壊れていない。


「もう一撃……!」


 建吾は、最後の力を振り絞った。


 鑿を、魔法陣の中心に突き刺す。


 砕ける音がした。


 魔法陣が、完全に崩壊した。


 赤い光が消え、闘が訪れた。


 そして——


 城が、崩れ始めた。


      ◇  ◇  ◇


 天井が落ちてくる。床が傾く。壁が崩れる。


 魔王城は、内部から崩壊していた。


「逃げろ!」


 建吾は、仲間たちに叫んだ。


「来た道を戻れ! 下水道から脱出する!」


 部隊は、崩壊する城の中を走った。


 落ちてくる瓦礫を避け、崩れる床を跳び越え、出口を目指す。


 建吾は、仲間たちの最後尾を走っていた。


 全員が脱出するまで、自分は後ろに残る。


 それが、現場代理人としての責任だ。


「ケンゴ様!」


 リーゼロッテが、振り返って叫んだ。


「早く!」


「先に行け! 俺は大丈夫だ!」


 建吾は、リーゼロッテを追い越し、彼女の背を押した。


「走れ!」


 二人は、崩壊する通路を走り抜けた。


 背後で、轟音が響く。


 天井が、完全に崩れ落ちた。


 あと一秒遅ければ、潰されていただろう。


「出口だ!」


 ゴルドの声が聞こえた。


 前方に、光が見えた。


 下水道の排水口。外への出口だ。


 建吾たちは、一人ずつ排水口から飛び出した。


 そして——


 魔王城が、完全に崩壊した。


 轟音と共に、黒い城が崩れ落ちていく。


 塔が倒れ、城壁が砕け、瓦礫の山が積み上がっていく。


 建吾は、その光景を見つめていた。


 息が荒い。体中が痛い。


 だが、生きている。


 全員、生きている。


「やった……」


 ヴァルターが、呆然と呟いた。


「魔王城が……崩れた……」


「まだだ」


 建吾は、瓦礫の山を見つめた。


 その中から、何かが這い出てきた。


 黒い甲冑。赤い目。異形の姿。


 魔王だ。


「人間ども……よくも、我が城を……」


 魔王の声は、地の底から響くようだった。


「貴様らを、殺す……!」


 魔王が、こちらに向かってくる。


 部隊のメンバーが、剣を構えた。


 だが、建吾は別のことを考えていた。


 魔王の足元。瓦礫の配置。崩壊した城の構造。


「待て」


 建吾は、仲間たちを止めた。


「俺が、やる」


「何を……」


「あの場所を見ろ」


 建吾は、魔王の足元を指差した。


 そこには、大きな亀裂が走っていた。崩壊した城の基礎が、不安定になっている場所だ。


「あそこを崩せば、魔王は落ちる」


 建吾は、石を拾い上げた。


 そして、亀裂に向かって投げた。


 石が、亀裂の縁に当たった。


 小さな衝撃。だが、それで十分だった。


 亀裂が広がり、地面が崩れた。


 魔王の足元が、崩落した。


「な……!」


 魔王が、悲鳴を上げた。


 彼の体が、瓦礫の中に沈んでいく。


 崩れた城の残骸が、魔王を押し潰していく。


 轟音と共に、魔王の姿が瓦礫に埋もれた。


 そして——


 沈黙が訪れた。


      ◇  ◇  ◇


 しばらくの間、誰も動けなかった。


 建吾も、仲間たちも、ただ瓦礫の山を見つめていた。


 魔王が、いなくなった。


 魔王城が、崩れた。


 それは、何十年もの間、人類を苦しめてきた脅威の終わりを意味していた。


「終わった……のか」


 ゴルドが、茫然と呟いた。


「ああ」


 建吾は、頷いた。


「終わった」


 リーゼロッテが、建吾に近づいてきた。


 彼女の目には、涙が浮かんでいた。


「ケンゴ様……」


「約束を、守れた」


 建吾は、わずかに笑った。


「生きて、帰ってきた」


 リーゼロッテは、建吾の胸に飛び込んだ。


 彼女の体が、震えていた。


 建吾は、静かに彼女を抱きしめた。


 戦争は、終わった。


 これからは、新しい時代が始まる。


 壁を立て、天井を張り、床を敷く。


 人が生きる場所を、守る場所を、作る。


 それが、建吾の仕事だ。


 この世界でも、元の世界でも、それは変わらない。


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