第14章「地下牢からの脱出」

クーデターから三日が経った。


 王城は、復旧作業に追われていた。


 破壊されたシャンデリア。崩れた壁。散乱した家具。建吾の目には、修繕が必要な箇所が無数に映っていた。


「ケンゴ殿」


 国王の使者が、建吾の元を訪れた。


「陛下がお呼びです。玉座の間へお越しください」


 建吾は、使者に従って玉座の間に向かった。


 玉座の間も、まだ完全には復旧していなかった。落下したシャンデリアの跡が、床に黒い染みを残している。だが、国王は既に玉座に座り、執務を再開していた。


「墨田建吾」


 国王は、建吾を見下ろして言った。


「そなたの功績は、計り知れない。クーデターを阻止し、余の命を救った。どのような褒美を望む」


 建吾は、少し考えてから答えた。


「褒美は、必要ありません。俺は、やるべきことをやっただけです」


「謙虚だな。だが、功績には報いなければならぬ」


 国王は、傍らに控えていた近衛騎士に目配せした。


 騎士が、一本の剣を持ってきた。


「そなたに、騎士の称号を授ける」


「騎士……ですか」


「そうだ。そして、『王国建築総監』の地位も与える。今後、王国内のすべての建築工事は、そなたの監督下に置かれる」


 建吾は、驚いた。


 騎士の称号は、名誉なものだ。しかし、建築総監という地位は、それ以上の意味を持つ。


 旧来の建築ギルドの権限を、建吾が引き継ぐということだ。


「陛下。それは、ギルドの反発を招きます」


「ギルドは、宰相と共に腐敗していた。解体して、一から組み直す必要がある」


 国王の声は、冷たかった。


「そなたの技術と、そなたの哲学で、この国の建築を変えてもらいたい」


 建吾は、しばらく黙っていた。


 大きな責任だ。しかし、断る理由もない。


「……わかりました。お受けします」


「よし。では、早速、最初の仕事を与える」


 国王の表情が、険しくなった。


「魔王軍の本隊が、国境に迫っている。三ヶ月以内に、王都の防衛を完了しなければならない」


「三ヶ月……」


「可能か」


 建吾は、頭の中で計算した。


 王城の修繕。城壁の補強。防衛設備の増設。


 通常の方法では、一年以上かかる工事だ。


 だが——


「可能です」


 建吾は、断言した。


「俺の工法を使えば、工期を大幅に短縮できます」


「頼んだぞ」


 国王は、満足そうに頷いた。


      ◇  ◇  ◇


 王都の防衛工事は、翌日から始まった。


 建吾は、まず現状を調査した。


 城壁の状態。門の強度。守備兵の配置。すべてを数値化し、図面に落とし込む。


 問題点は、山ほどあった。


 城壁の一部は、老朽化が進んでいた。門は、魔王軍の攻城兵器に耐えられる強度がなかった。守備兵の配置も、非効率的だった。


「これは、大仕事だな」


 ゴルドが、調査報告書を見ながら言った。


「三ヶ月で終わるのか」


「終わらせる」


 建吾は、工程表を広げた。


「まず、最も危険な箇所から着手する。城壁の北東部。ここが最も脆い。魔王軍は、ここを狙ってくるだろう」


「どうやって補強する」


「ミスリル製の補強材を使う。壁の内側に骨組みを入れて、強度を上げる」


 シルヴァが、首を傾げた。


「壁の内側に骨組みを? それは、壁を一度壊さないとできないのでは」


「普通はそうだ。だが、俺の方法なら、壁を壊さずにできる」


 建吾は、図面を指差した。


「壁の一部に開口部を作り、そこから補強材を挿入する。開口部は、後から塞ぐ。こうすれば、壁を崩さずに内部構造を強化できる」


「なるほど……」


 シルヴァは、感心したように頷いた。


「人間の発想は、時に私たちを超えますね」


「発想じゃない。経験だ」


 建吾は、窓の外を見た。


「元の世界で、何度もやった方法だ。古い建物を壊さずに補強する。それが、リノベーションの基本だ」


      ◇  ◇  ◇


 工事は、順調に進んだ。


 建吾の指揮のもと、職人たちが城壁の補強に取り組む。


 ミスリル製の補強材が、壁の内部に挿入されていく。外からは見えないが、強度は大幅に向上する。


 同時に、門の補強も行われた。


 既存の木製の門に、ミスリルの板を貼り付ける。これだけで、強度は三倍以上になる。


 さらに、防衛設備の増設。


 城壁の上に、簡易的な防護壁を設置する。矢や投石から守備兵を守るためだ。


 建吾は、元の世界の知識を総動員した。


 古代の城塞から、現代のビルまで。あらゆる建築物の構造と、その防御機能。


 それを、この世界の材料と技術で再現していく。


「師匠」


 マルコが、建吾の元に駆け寄ってきた。


「北東部の補強が、予定より早く終わりました」


「そうか。よくやった」


「次は、どこに取り掛かりますか」


「西門だ。あそこの門扉が、一番脆い」


 マルコは、メモを取りながら頷いた。


 彼は、この数ヶ月で大きく成長していた。最初は何もできなかった少年が、今では職人たちに指示を出せるようになっている。


「マルコ」


「はい」


「お前、筋がいいな」


 マルコの顔が、ぱっと輝いた。


「本当ですか」


「ああ。このまま続ければ、一人前の施工管理者になれる」


「あ、ありがとうございます……!」


 マルコは、感激した様子で頭を下げた。


 建吾は、わずかに微笑んだ。


 弟子が育つのを見るのは、悪くない気分だ。


      ◇  ◇  ◇


 工事が始まって一ヶ月。


 王都の防衛力は、見違えるほど向上していた。


 城壁は補強され、門は強化され、防衛設備は増設された。


 だが、建吾の仕事は、それだけでは終わらなかった。


「緊急の報告があります」


 ある日の夜、リーゼロッテが建吾の元を訪れた。


 彼女の表情は、険しかった。


「魔王軍の偵察部隊が、国境を越えました。本隊の侵攻が、予想より早まる可能性があります」


「どのくらい早まる」


「一ヶ月。下手をすると、二ヶ月」


 建吾は、眉をひそめた。


 予定では、あと二ヶ月で防衛工事を完了させるはずだった。それが、一ヶ月、あるいは半月に短縮される。


「間に合わないかもしれない」


「……どうしますか」


「工事を加速させる。夜間も作業を続ける。それでも足りなければ……」


 建吾は、考え込んだ。


 防衛工事だけでは、魔王軍を止められない可能性がある。


 もっと根本的な対策が必要だ。


「リーゼロッテ」


「はい」


「魔王城について、何か情報はあるか」


「魔王城……ですか?」


「ああ。魔王軍を止めるには、魔王城を落とすしかない。防衛だけでは、いずれ限界が来る」


 リーゼロッテは、少し考えてから答えた。


「魔王城は、北の荒野にあります。人類連合軍が、何度も攻略を試みましたが、すべて失敗しています」


「なぜ失敗した」


「城の構造が、異常なのです。外から見ると、普通の城に見えます。しかし、中に入ると、空間が歪んでいて、出口がわからなくなる。迷い込んだ兵士は、二度と戻ってこなかったそうです」


「空間が歪む……」


 建吾は、その言葉に興味を覚えた。


 空間が歪む城。


 それは、魔法で作られた構造だ。


 だが、どんな魔法で作られていても、建物は建物だ。必ず、構造がある。構造があるなら、弱点もある。


「その城を、見てみたい」


「見る……ですか?」


「ああ。近くまで行って、観察したい。外観を見れば、構造がわかるかもしれない」


 リーゼロッテは、困惑した顔をした。


「危険です。魔王城の周辺は、魔王軍が厳重に警備しています」


「わかっている。だが、やるしかない」


 建吾は、窓の外を見た。


 夜空に、二つの月が浮かんでいる。


 この世界に来て、もう半年以上が経った。


 最初は、ただ生き延びることだけを考えていた。しかし、今は違う。


 この世界を、守りたいと思っている。


 そのためには、魔王を倒さなければならない。


「偵察任務に、志願する」


 建吾は、決意を込めて言った。


「魔王城の構造を、この目で確かめる」


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