第9話
「……明後日の、早朝です」
エイリルの絞り出すような声が、冷たいコンクリートの壁に反響した。彼女の手には、赤い検印が押された処刑執行命令書が握られている。少佐という階級をもってしても、これ以上の引き延ばしは不可能だった。
イエーガーは驚くほど平然としていた。
「そうか。案外、長く持った方だな。お前の茶も、だいぶ飲み慣れてしまったよ」
「逃げましょう、先生。私の権限で、今夜の警備を薄くします。試作した魔導炉を載せた小型艇を使えば、一時間もせずに中立国へ逃げ込めます。あなたの知識を求める組織はいくらでも……」
「馬鹿を言うな」
イエーガーは鋭く、しかし慈しむような声で彼女の言葉を遮った。
「私が消えれば、お前が代わりに断頭台に立つことになる。そんな無意味な計算を、私の弟子がするな」
イエーガーはエイリルを黒板の前へ引き寄せた。
「泣いている暇があるなら、ペンを持て。……最後に、お前にしか解けない宿題を置いていく。これは、私が生涯をかけても完成させられなかった、『永久魔導炉』のための未完成式だ」
彼は狂ったような速度で、黒板を数式で埋めていく。それは兵器ではなく、エネルギーの無限循環を説く、いわば『魔法の終焉』を告げる究極の理論だった。
「これを完成させ、世界に示せ。兵器を、兵器でなくするための唯一の方法だ。帝国にも王国にも渡すな。エイリル、お前自身の意志で、これを形にしろ」
エイリルは涙を拭い、狂ったようにメモを取った。一文字も、一滴のインクも無駄にはできない。師が命を削って差し出す最後の「対価」を、彼女は全身全霊で受け止めた。外では憲兵の足音が近づいている。二人はただ、終わりゆく時間の中で、文字通り命懸けの講義に没頭し続けた。
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