第8話
夜が来てもイエーガーの数式は終わらない。二人の間には、外の世界の喧騒を忘れさせるほどの静ひつな時間が流れていた。
「……ねえ、先生。どうしてあなたは、魔導励起爆弾という兵器を開発したのですか? あなたの理論はこんなにも優しく、自然の調和を愛しているのに」
エイリルの問いに、イエーガーは書きかけの数式を止め、チョークを置いた。彼は自嘲気味に笑い、天井を見上げる。
「そうだな、いまさら平和のためだとか、祖国のためだとか、そんな嘘は言わんよ。私はただ……見たかったのだ。この世界の『蓋』をこじ開けた先に、何があるのかをな」
「蓋……?」
「魔導は、神が人間に残したバグのようなものだ。極限まで圧縮し、極限まで加速させれば、いつか世界の理そのものが壊れ、その裏側にある真理が覗けるのではないかと思った。兵器開発は、そのための膨大な予算と実験場を得る手段に過ぎなかったのだよ」
エイリルは戦慄した。この老人は、国を救うためではなく、実は知的好奇心の果てを追い求めるために、地獄を現出させたのだ。しかし、その狂気を、彼女は否定しきれなかった。自分の中にも、同じ『禁断の扉』を叩きたいという渇望があることを知っているからだ。
「……私も、同じかもしれません。先生の理論を追っているとき、私は帝国も王国の犠牲者も忘れて、ただ数式の美しさに陶酔している。そんな自分が、時々怖くなるんです」
「怖がることはない。それは選ばれた者にしか与えられない『呪い』だ。エイリル、お前は私よりも遠くへ行け。私が開けられなかった蓋を、お前なら……」
イエーガーの手が、エイリルの頬をかすめる。それは親愛の情か、あるいは同じ業を背負う者へのあわれみか。
二人の魂は、国家や正義という境界線を越え、学問という名の暗い深淵で固く結ばれた。
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