第6話
尋問室の扉が開く。そこには、少しリラックスした様子のエイリルが、高価な紙包みを抱えて立っていた。
「約束の茶葉です。それと、この前の改良案の結果ですが、暴走率は0.02パーセントまで抑えられました」
イエーガーは黒板に向かったまま、振り返りもせずに片手を挙げた。
「座れ、エイリル。報告など後でいい。それより、昨夜お前が送ってきた『多層展開魔方陣』の計算、32行目に致命的な書き間違いがあったぞ」
エイリルは「えっ」と声を出し、慌てて資料を広げる。
「……あ、本当だ。恥ずかしい……夜通し考えていたので」
「集中力が足りん。学問に寝不足は敵だと言っただろう。いいか、この術式で大事なのは順序ではない。層と層の間に生じる『空白』をどう定義するかだ」
イエーガーがチョークを走らせる。その動きは、もはや囚人のものではなく、教壇に立つ老教授のそれだった。エイリルは彼の隣に立ち、白い粉を被るのも厭わずにその数式を凝視する。
「……『意味のある隙間』。それが、魔導の不安定性を許容する『遊び』になるのですね?」
「理解が早くなったな。……そうだ。完璧を求めるな。不完全な人間が作るものに、完璧など宿りはせん。宿るのは、執念だけだ」
イエーガーは不意に手を止め、横に並ぶエイリルをまっすぐに見た。その目に以前のような威圧感はない。そこにあるのは、自らの歩んできた孤独な道の先に、ようやく見つけた『理解者』への、不器用な情愛だった。
「エイリル。お前はもう、私の知識を盗むだけの段階は過ぎた。これからは、お前自身の理論をこの老いぼれにぶつけてみろ。……私を論破してみせろ」
エイリルは、その言葉に背筋が伸びる思いがした。彼女にとって、上官からの賞賛よりも、この『敵』であるはずの男からの挑発こそが、何よりも誇らしい勲章に感じられた。
「……はい、先生。次は、私の自信作を持ってきます」
『先生』と呼ばれても、それをイエーガーは否定せず、『フン』と小さくただ満足気に鼻を鳴らした。
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