第3話
尋問開始から二週間。部屋の空気は、お互いの知識をぶつけ合う大学の研究室のような熱気を帯び始めていた。壁の黒板には、エイリルが書き殴った数式と、イエーガーがそれを否定するように引いた斜線が重なっている。
「博士、この『魔素伝導効率』の推移グラフはおかしい。あなたの10年前の論文では、魔素のエネルギーは曲線を緩やかに描くとされていたはず。なのに、この決戦兵器の設計図では、理論上の限界値を無視して垂直に近い上昇を想定している。これは矛盾というより、もはや『嘘』ではありませんか?」
エイリルは鋭い指先で資料の一点を突いた。イエーガーは古ぼけた椅子をギシリと鳴らして深く溜息をつく。
「……嘘、か。お前たち若い学者は、綺麗な紙の上に『理想』ばかり描く。エイリル、あの時の我が国に何があったか知っているか?」
「……帝国の侵攻により、魔導金の供給ラインが遮断されたと記憶しています」
「そうだ。理想の導体(金)が手に入らぬなら、汚泥のような安物触媒(銅)で回路を組むしかない。だが、要求される出力は変わらん。ならばどうする? 回路を焼いてでも、一瞬の火力を出すしかない。この垂直な曲線はな、プライドを捨ててでも国を守ろうとした『絶望』そのものなんだよ」
エイリルは絶句した。彼女が『理論的な美しさ』に欠けると決めつけていた箇所は、かつての彼が血を吐く思いで捻り出した、敗戦国ゆえの苦肉の策だったのだ。
「……気づけなかった。私は、数字の不自然さばかりを見て、その裏にある『現場』を見ていませんでした」
「ふん。謝る必要はない。だが、科学を語るなら、その数式が書かれた場所が平穏な机の上か、それとも血塗らていたかぐらいは想像しろ。それができない奴の理屈は、ただの屁理屈だ」
イエーガーはそう言うと、初めて自ら黒板に向かい、チョークを取った。
「教えろ。お前なら、金を使わずにこの伝導効率をどう安定させる?」
エイリルは震える手で自分のペンを握り直した。それは敵同士である二人が、真剣に一つの問題に向き合う『共同研究』の始まりだった。
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