一度目の人生・回想



───いつから道を間違えたのか………



⚫︎


 私は二回、生と死を繰り返していた。今でいう転生というやつだ。一度目の人生の名は、葦戸あしど 憂子ゆうこ。平安の世に生まれ、人生の半分を人成らざるもの、妖怪あやかしはら陰陽師おんみょうじという職で費やした。残りの半分は、その祓う力を悪用した呪詛師じゅそしとして悪名を高めていた。


 結局私は“最恐の呪詛師“として、“最強の陰陽師“に祓われたのだが…(いや、物理的に殺されたな)。その“最強の陰陽師“とやらが、私と陰陽師として学んでいた時の同期だったのである。


 名は…確か、安倍あべの 零明れいめい。大陰陽師・安倍晴明あべのせいめいの末裔である。黒い髪に透き通るような水色の瞳がとても綺麗であった…。まあ、話はここまでにして、私には呪詛師として弟子がいた。意外と気に入ってたし、結構可愛がっていた子だ。名前は和泉わずみ 櫻子さくらこ。彼女は私にとっても大切な教え子だった。


 なんで呪詛師に教え子が?という声もあるだろう。彼女の両親は妖怪あやかしを使役できる力を持っていたのだ。そのせいで他の陰陽師に「奴らは妖怪あやかしの方を持っている…!」とか「あのままでは危険だ!いずれ我らにまで危害を及ぼす!」とか、全く意味のないことをペラペラと喋っていた。異国語?って思うくらいクズの言語であった。普通にスルーしてたし、内容はあんまり覚えていない。まあ。そういうわけで、彼女は私の教え子だったのである。


⚫︎


───いつしか私の屋敷は燃えていた。


憂子ゆうこ、今ならまだ戻れる…呪詛師をやめて、帰ってきてくれないか……」


 ゆらゆらとうごめく炎を目にしながら、目の前には“最強の陰陽師“となった元同期・安倍あべ 零明れいめい零明れいめいの背後には、愛弟子の櫻子が体を燃やして声を荒げている。耳にはその断末魔が、私を蝕んで行った…。


「戻らぬ」


 私は凛とした声で彼に放つ。口調は古風で、今とは似つかない。黒い喪服のような格好をして、長い黒の髪をなびかせて、私は彼に目を合わせながら、耳には愛弟子の悲鳴を聞きながら、話した。


「どうして?帰ってきてくれれば、そこにいる彼女だって助けるよ。あっ、もしかして死刑になるじゃって思ってる?大丈夫だよ、そこは僕が───」


「戻らんと言っておるだろう‼︎」


 私の声がその場に響く。少し荒ぶった声色だったので、零明れいめいは少し目を見開いて、ゆっくりと私に歩み寄ってきた。もう、耳にあの声は聞こえない。甲高かんだかい、あの悲鳴が、断末魔が。私は、後ろに下がることはできない。前には零明れいめい後ろには壁、絶体絶命の状況だ。


「ねえ、どうしてかな?憂子ゆうこはいつもそうだよね、一度決めたことは一生曲げない。そんなところが好きだったんだけど」


「なんだ気色悪い。呪いにでもおかされたか」


「まあ、憂子ゆうこにだったら犯されてもいいんだけど❤︎」


「!?」


 今とんでもない発言が聞こえたような…そして、一瞬語尾にハートが見えたのだが、…いや気のせいだ。気のせいに違いない。気色悪くて吐き気がしそうだ。近寄って来るのではない!殺してやろうか!


 と言っても、今の私にそのような力はなかった。現在の時間は深夜で、私は妖怪あやかしを祓ってきて呪力じゅりょく…呪詛を使う力がもう残り少ない。基本的に女性には、呪詛の力ではなく、陰陽術の力の霊力れいりょくの方が圧倒的に多い。だが私は陰陽師ではなく呪詛師。私のプライドが、その陰陽術を使うのを許せないのだ。


 私は壁に背をピッタリとくっつける。零明れいめいは薄っぺらいにこにことして顔でこっちに向かってくる。──気色悪いな、本当に。だが目は笑っておらず、冷静に見えて、少々怒っているのだろう。紫の狩衣かりぎぬを身につけ、帝からも信頼が厚く、おまけに大陰陽師の末裔たる彼が怒ることこそ、一番珍しかった。そして近寄るな、あっち行け!しっし!!


 そんな私の抵抗は虚しく、彼は私のところ、半径1m以内に入った。その瞬間から私の中では“諦め“という感情が現れた。彼と私の力量は歴然。陰陽術の練度でも同じ。てか男のくせに呪力も霊力も平均も超えて異常に突入している零明れいめいだ。そして、私が基本的に大っっっ嫌いな男である。いっっつもにこにこしているのに目は笑ってないし、何?愛想笑い?結構なお身分ですこと!しかも何?いつも近くには嶺麗みねうるしいお嬢様方が!あなた許嫁いましたよね?大丈夫ですか?しかもあなたの許嫁結構嫉妬深かったような気がしたのですけど…?


 とまあ、ありとあらゆるところで私は劣っていたのだ。本当に情けない、自分が。でもね、ここまで嫌うのにはヤツにも非があると思うの。だって私が頑張って手に入れた称号よりもさらにすごい称号をあっさりと手に入れる……もはや虐めでは?と思うほどだ。あと、現実逃避してたがもうヤツが近いのが!?もう零距離なのだが!?


「近いわ!離れんか陰陽師が!!」


「嫌だね、僕がそんな言葉に従うとでも?」


「五月蝿いわ!“$”止まれ“$”」


 私がそうを込めて叫ぶと、彼の体はピタリと止まる。この技は呪詛の一つの“呪禁じゅごん“である。言葉に呪いを込め、その言葉を聞いたものに言葉の行動をさせるというもの。だが、今ので私の呪力は空っぽだ。少しも残っていない。無理矢理体を動かし、燃え上がる屋敷から出る。体がうまく動かないせいか、櫻子の体を踏んでしまう。


(すまない、許してくれ……)


 私はもう謝れないことを謝りながらも足を進める。もうすぐ屋敷の出口というところで、私の足は止まった。───いや、といった方が正しいだろう。私の足が止まる前に聞いた、あの言葉が今も脳裏にこびりつく。


『“$”脱力しろ“$”』


 彼がそういった通り、私の体は脱力し、止まった。いや、止まったというより…倒れた。体が脱力したからか、痛みを存分に受けて、燃え上がる木柱の上で私は倒れた。服が燃えているのを感じる。髪はチリチリになってきている。もはや痛みまで感じない。アドレナリンが出ていたからであろうか。私は体がうまく動かず、息も満足にできなかった。


憂子ゆうこ…」


 私を見下ろす彼は泣きそうにこちらを見下ろしていた。なぜだ、泣きたいのはこっちだ。人をたくさん殺した。それは否定しない。だが、必要な犠牲だった。普通は死刑になるくらの重罪を犯した人間を殺して何が悪い。櫻子を傷つけ、櫻子の両親を殺した奴らを呪って何が悪い!人は皆同じだ。正義と言いながら自身の身を守る術しか持たない。誠に忌まわしい存在だ。なのになぜお前は私を見下ろす!哀れみ、泣きそうな顔で!私があわれとでも言いたいのか!私は唇を噛み締めてヤツを睨みつける。ヤツは変わらず私を泣きながら見下ろす。


──ああ、それならば………


(私がしたことは、なんだったというのだ……)


 私が憐れなのなら、どうして、こんなことになったのだ。


 零明れいめいの持っていた刀が振り下ろされる。私の心臓を切り裂く。そして、私の体も切り裂かれる。最後に残ったのは、後悔しかなかった。後悔のない死など、選ばれたものしか得られなかったのだ。それが、私にはなかった。それだけだった。


 その後、私には聞こえるはずのない声が、その空間に広がった…


「君は僕のことを零明れいめいとちゃんと呼んでくれなかったね」


 彼はついに、涙を流したのだった。血塗れで、それでいて儚げな姿で────…

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次の更新予定

2026年1月12日 16:00
2026年1月13日 06:00

最恐呪詛師と三度目の人生〜そして、オマケで着いてきた激重陰陽師〜 志那河 ひりた @SINAKAWAHIRITA

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