6・婿投げ本番

組合長「これより、婿投げを始めます!」


M大「組合長の口上に、拍手と歓声が上がる。詰めかけた住民、観光客、マスコミたちの耳目が集中する」


組合長「今年の婿は、秋羽県出身の千歳飛鳥……さんです! 奥様は樋熊小春さん! おめでとうございます!」


M大「大半の人間は、組合長の口上に拍手と歓声で応えている。だが、妙な間に気になった人間も少なからずいて、少しざわついた」


組合長「トランスなんちゃらだか、なんだか知らねぇが、ここの娘が取られることは変わりありません! オラたちは男としての情けなさと、今までにない強いやっかみを込めて、ブン投げます! 住民のみなさん、応援お願いします!」


M大「こっちに向かって、無数のフラッシュがたかれる。その原因は飛鳥さんだ。しかし、行事の最中ゆえに、マスコミの声は飛んでこない。終わったらきっと、大変になるだろうな、と思いつつ、騎馬たちで飛鳥さんを胴上げする。1回、2回と続き、3回目で宙に放たれた飛鳥さん」


    SE 深い雪の上に落ちる


M大「例年なら、崖下に転がっていくのだが、雪が深すぎて落ちた地点で止まってしまった」


小春「飛鳥! 大丈夫!?」


M大「崖下で待機していた小春が、雪に塗れるにも関わらず、雪を掻き分けて飛鳥さんのもとへ急いだ」


飛鳥「大丈夫だよ。子どものころのことを思い出してたんだ。昔、姉さんと、荒っぽいソリ遊びをしたなって」

小春「ああ、よかった……」

飛鳥「ほら、せっかくの着物が濡れちゃうよ」


M大「飛鳥は軽々と小春をお姫様抱っこする。美男美女ならぬ、長身美女小柄美女も絵になるもんだ。黄色い声と拍手がしばらく鳴りやまなかった」


大「まったく、マスコミもしつこいよな」


M大「飛鳥夫妻の長いマスコミ対応を終えて『賽の神』が始まった。午前中に作った藁のオブジェのようなものが『賽の神』で、今さっき新婚のふたりが火を点けたところだった」

広保「今までにいなかったからな。そりゃ、マスコミも群がって聞くよ」

組合長「でもよぉ、飛鳥は立派な奴だぜ。意地のわりぃ輩にも、真摯に淡々と答えてるもんなぁ。オラだったら、担ぎ上げて『賽の神』に投げ込んでやるわ」

大「組合長、それさすがに殺人っすよ」

組合長「アホ、冗談に決まってんだろ!」


M大「組合長が俺の背中をぶっ叩くと、ほかの溜まりのほうへ去って行った」


広保「あのオヤジならやりかねんもんなぁ。よく警察に捕まってないもんだ」

大「新潟市内に警察の親戚がいるんだと。あくまでも噂だけどな」


    SE 雪の上を歩く複数の足音


飛鳥「大さんに広保さん、ありがとうございました!」

小春「アンタたちのおかげで、晴れやかな気持ちになれたよ」


M大「マスコミや話し好きの連中から、ようやく解放された飛鳥と小春がやってきた。ふたりとも酒が入った紙コップ片手にご機嫌な様子だ」


大「(飛鳥のもう片方の紙コップを指差し)あれ? 飛鳥さん、日本酒の二刀流?」

飛鳥「違いますよ。こっちは雪にとかした墨です」

小春「飛鳥がね、アンタたちに1番に塗ってほしいって聞かないのよ」

広保「マジで!? こんなに綺麗な顔を墨で汚すだなんて」


M大「広保は言葉とは裏腹に、指ですくって、飛鳥と小春の顔に塗って伸ばした」


小春「ほら、大も」

飛鳥「遠慮はいらないですよ」

大「よーし」


M大「ふたりの顔に墨をササッと塗る。あらかた広保が塗っていたため、余白がなかった」


小春「こっちの番ね。眼球まで塗ってあげるから」

大「サイコかよ」

飛鳥「じゃあ、僕は、耳の中を攻めようかな」

大「ダブルサイコかよ」


M大「ふたりが、俺と広保の顔にも、墨を満遍なく塗ってきた」


広保「大、お前やべーぞ」

大「いや、お前もだよ」

小春「あははは、よく似合ってるよ! じゃ、わたしたちは、よそに行ってくるから」


    SE 小春が走り去る


M大「飛鳥が近づいてきて耳打ちをする」


飛鳥「今度は大さんの番ですよ」


M大「とびきりの笑顔を残し、小春を追いかけて行った」


大「なあ、広保」

広保「なんだよ。お前だけ飛鳥さんに、気に入られてるよなー」

大「冷静に考えて、結婚するのにバンジーは嫌だよな」

広保「なんの話か知らんけど、この婿投げも大概だと思うぞ」



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飲んで、投げて、塗って ふり @tekitouabout

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