3・愛のため、家のため

大「……おみそれしました……」

小春「どこ行くの? みんなで楽しく飲もうよ!」

大「悪い、トイレだ」


M大「俺は、廊下に置いてあった日本酒の中瓶を片手に、玄関に向かった」


    SE 戸を開ける、足音、日本酒のフタを開ける音


M大「自分で自分が情けなくなった。逃げ出すのも情けない。だけど、あそこにいたら、もっと情けない思いをしそうだった。そして、今度は酒量で勝負などと、時代錯誤も甚だしいことを言ってしまいかねなかった」


    SE 日本酒を勢いよく飲む


M大「中瓶を行儀悪くラッパ飲みしながら、厚い雪雲の切れ間に見える夜空を睨む。瞬く星々が、憎たらしく光っているように見えて、酒臭い息を虚空に吐いた」


    SE 玄関の戸が開く


広保「おうおう、こんな所でやけ酒かよ」


    SE 近づいて来る


広保「俺も付き合うぜ」

大「……おう」


M大「広保は広保で、小瓶の日本酒を持ってきたようだ。俺の隣に立つと、小瓶を掲げてくる」


広保「改めて乾杯」


    SE 瓶が軽く当たる 日本酒を少量飲む


大「情けねえし、悔しいよ」

広保「何が」

大「俺だよ。なんかさ、打ちのめされたわ」

広保「落ち込むなよ。飛鳥さんは、たまたまお前より凄かった。それだけだ」

大「まあ、なぁ」

広保「飛鳥さんだって、お前には敵わない面もあるから」

大「そうかねぇ」

広保「そういうもんよ。じゃなきゃ、世の中、不公平が過ぎるってもんだ」

大「うーん」

広保「俺は、お前の味方だからよ。飛鳥さんに勝てるところ、探して磨いていこうぜ」

大「……おう。サンキュー」


M大「広保のおかげで、だいぶ気が楽になった。それからしばらくふたりで話し、宴会場に戻って、地元の仲間たちと飛鳥夫妻と飲みに飲んだ」


    SE 壁掛け時計が2回鳴る


M大「気がつけば宴会場で寝てしまっていた。かけられた毛布を畳ながら、周りを見渡す。若い男衆が、いびきや寝息を立てて寝ていた。同じように、誰かが毛布をかけてくれたみたいだった。飛鳥夫妻はおらず、どうやら小春の実家に帰ったのだろう」


    SE 銭湯


M大「酔いと寝覚ましを兼ねて、近所の銭湯に来た。昔から営業しているとてもリーズナブルな所だ。夜中だから番頭さんはいない。貯金箱に入浴代を入れ、男湯に入った。洗い場で、頭のてっぺんからつま先まで洗う」


    SE 湯を荒く掻き分ける


大「ふうー、気持ちいいなあ」


M大「思わず、独り言を言ってしまう。それくらい、芯から冷え切った体には、効果てき面だった」


    SE 湯を優しく掻き分ける


M大「今になって、女湯に先客がいることに気づいた。こんな時間に入る地元民は、まず皆無だ。……カマをかけてみるか」


大「もしかして……飛鳥さんですか?」


M大「向こう側から返事はない。それでも、声をかけた」


大「俺の腐れ縁に、勘の鋭い奴がいるんですよ。そいつが言うには、あなたが女性であることを、隠しきれてないって。大丈夫ですよ。こっちには俺しかいませんから」


飛鳥「……誰にも言いませんか?」

大「言いませんよ。ただ、いろいろお聞きしたいことがあります」

飛鳥「なんでしょうか」

大「まず、どうして性別を偽っているのですか?」

飛鳥「偽っているつもりはないです。性自認は男で、いわゆるトランスジェンダーなんです」

大「え? つ、つまりは、女性の身体なのに、自分の精神や心は男なんですか?」

飛鳥「はい。ちなみに、性的指向は女性なので、レズビアンではなく、異性愛者ということになります」

大「……頭がこんがらがりそうだ」

飛鳥「ややこしくてすみません」

大「いえいえ、勉強しておきます。じゃ、服装は、普段から今日みたいなパンツスタイルなんですね」

飛鳥「そうですね。元々パンツのほうが楽でして。スカートは、高校生のときまでです。仕方なく穿いてました」


    SE 軋むような音を立ててドアが開く


大「誰かいるんですか?」

小春「おー、大じゃん! わたしだよわたし!」

大「なんだ小春か。サウナに入ってたのか」

小春「そーそー」


    SE シャワー


小春「あ! こっちはわたししかいないからね!」


M大「小春はまだ、俺が飛鳥さんのことを、男だと思っているらしい」


飛鳥「小春。もういいんだ」


M大「飛鳥さんが経緯を説明する」


小春「むー、広保はホントすごいね。嗅覚が鋭いから、警察犬として生まれてれば、相当な人命救助ができただろうに」

大「お前、相変わらず広保には容赦ねぇな」

小春「だって、ホントのことじゃん。違う?」

飛鳥「あははは、絶対本人に言っちゃ駄目だよ」

大「ははは……それで、どこまで話しましたっけ?」

飛鳥「僕の性的指向が、女性のところぐらいまでですね」

小春「結構ぶっちゃけたねー。わたしは飛鳥を愛してるし、飛鳥もわたしを愛してくれてるよ!」

大「はいはい、お幸せに」

小春「飛鳥。婿投げの話はした?」

飛鳥「あっ、そうだね。籍を入れるのは問題ないにしても、婿投げが壁になりました」

大「確かに、過去に女性を投げた記憶も記録もないな。それこそ、トランスジェンダーの人も」

飛鳥「小春と正式に一緒になるためには、男である必要がありました。今は、同性婚に寛容な時代になりました。ですが、小春が言うには、それに関して地区の人間は、なかなか理解しづらいだろう、と」

大「じいさんばあさん、いや、親世代も厳しいかもなぁ」

小春「無理に婿投げに参加しなくてもいいよ、とは言ったんだけどね」

飛鳥「ことわざに『郷に入っては郷に従え』というものがあります。僕は小春や小春の家族、そして地区のみなさんをないがしろにはできない」

大「飛鳥さんは、伝統を重んじるタイプなんだ」

飛鳥「実家が酒造なもので」

大「あははは、そうだったね。そういや、飛鳥さんってモデルだよね? どうして、そんなに日本酒のことを詳しいの?」

飛鳥「姉のためです」

大「お姉さん?」

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