2・男の勘と完全敗北

M大「各自を家に送り届けたと同時に、組合長から着信があった。今すぐ集会所に来い、との連絡だった。おそらく、宴会の準備の手伝いをさせたいのだろう」


大「……迎えに行ったから免除じゃないのかよ」


M大「雪道の運転は、滑ったり、視界が悪かったりして事故が起きやすい。雪が降らない時期に比べ、かなり神経を使う。それに、小春夫妻にも知らず知らずのうちに気を使っていたせいか、ひと眠りしたかった」


    SE 集会所、宴会の準備をしている


広保「迎えに行ったんだからさ、俺らは免除でいいよな」

大「お前はマンガを立ち読みして、あとは適当にペチャクチャ喋ってただけだろうが」

広保「バカ、あれでも気を使ってたんだぞ。とっておきの鉄板話を、何個話したと思ってんだ。打ち解けてもらうために、骨を折ったんだ」

大「俺と小春は呆れ顔。飛鳥さんはどう見たって、苦笑いをしてたな」

広保「(周りを見渡し、声を潜めて)なあ、飛鳥さんって本当に男か?」

大「なんだよ、藪から棒に」

広保「見た目に男臭さがないのはわかる。服のニオイや、使ってるシャンプーとかのニオイがフローラルで、女もの寄りなのもまだわかる。だけどな、その人間から出るニオイが、どう考えても女なんだよ」

大「まさか」


M大「広保の嗅覚の鋭さは犬並みだ。過去に、中華料理屋のガス漏れに真っ先に気づき、あわや火事になるところを、未然に防いだこともある」


広保「小春は女と入籍――」

大「(被せるように)ガソリンスタンドで働いてるせいだろ。暇さえありゃ、ガソリンのニオイを嗅いでるからだ」

広保「ハァ? 茶化すんじゃねーよ。俺はマジだぜ?」


M大「今の世の中、同性婚が流行っているらしい。俺には理解できない世界だ。でも、広保の疑いが正しければ、男と浮いた話がなかったのも合点がいく」


大「はいはい。バカ言ってないで、さっさと準備しちまおう。少し寝ときたいんだ。お前はあっちをやってくれ」

広保「へいへい」


M大「合点がいったものの、長年の価値観が詰まった脳が、納得してくれない。広保を追い払いながら、俺は頭の整理をしたかった」


    SE 宴会


M大「宴会が始まって2時間ほど経った。同地区に住む住民のほとんどが集まり、どんちゃん騒ぎ。ひとしきり終わったころには、酔い潰れて寝てしまう人間がゴロゴロいた」


広保「おい、飛鳥さんすげえよな。あんだけ酌されてさ、全部飲み干してさ、顔色ひとつ変わらねぇ。ありゃ、底なしの大酒豪だぜ」

大「フン、いくら酒が飲めても、味がわからなきゃ、ただのアホンダラよ」


M大「飛鳥さんに対しての好意的な気持ちが、酒を飲むほどに、消えていた。男に取られるならまだしも、女に取られるのは納得いかなかった。俺自身が、否定された気分になってしまっていたのだ」


広保「おいおい、拗ねんなよ」

大「拗ねてねえよ」

広保「時代が変わったんだ。そう思うしかねぇって」

大「……ったく、嫌な時代だぜ」

広保「指をくわえて見てるだけなら、一矢報いてみたらいいじゃん」

大「どういうことだ?」


M大「広保が別室から酒を3本持ってきた。どれも小瓶サイズのものだ。酒造で蔵人をしている俺にとっては、馴染みがありすぎるぐらいだ」


広保「品種当てクイズだよ。これで、酒の味がちゃんとわかってるかがわかる」

大「なるほど」

広保「飛鳥さんが、酒の味も知らないザルなら、ちょっとは溜飲が下がるんじゃねぇか。完璧な人間なんて、いないんだし」

大「それもそうだな」


M大「酒を手にし、飛鳥の前へ突きつけるように置いた」


大「俺の会社で造ってる大吟醸と生酒と純米です」

飛鳥「どれもおいしそうだ」

大「これを紙コップに移します。どれが何か、当てるゲームでもしませんか?」

飛鳥「おもしろそう」

小春「わたしが用意するね」

広保「いや、ここは俺がやる。俺はあくまで中立の立場だからな」


M大「広保が飛鳥に見えないよう、番号を振った紙コップに、日本酒を注いだ」


広保「はい! そんじゃ、やってみよう!」


M大「飛鳥が1番の紙コップを持ち上げる。匂いを確かめてから、口に入れる」


飛鳥「あまり匂いがない。だけど、味わいが濃い。慣れてない人が、飲むとむせるタイプのザ・日本酒だね。僕が一番飲み慣れてて好きかな」


M大「飛鳥は水で口の中をリセットしつつ、2番を手にした」


飛鳥「少し麹の匂いがする。若くて良い匂い。(口に含んで)……うん、火が入ってない。とてもフルーティーで、瑞々しくてフレッシュさが弾けてる。夏に飲むと、最高に美味しく飲めるね」


M大「飛鳥は、水で2番の情報を洗い流しつつ、最後の3番に手をつけた」


飛鳥「リンゴのような香り。鼻から脳へ一気に駆け巡るね、大吟醸の情報が。(口に含んで)……上品で上質な甘みが際立つ。舌から離れない。味を忘れないよう、束縛をしてくる。良い意味で強く感じる。素晴らしい味だ」


広保「(ヒソヒソと)おいおい、全部的確に分析してるぞ」


M大「鼻も舌も馬鹿じゃない。それがよくわかった。飛鳥はザルでもなんでもない。これはひょっとすると、全部当ててしまうかもしれない」


飛鳥「うーん、1番が純米で、2番が生酒。3番が大吟醸かな」

広保「……お見事、正解! 飛鳥さんはよく味を知っておいでで」

小春「さすが『日本酒検定』の準1級を持ってるだけあるよね。もう、惚れ直しちゃう!」

大「ええ……?」

広保「なんだよー、それを早く言えよー。やっても、正解するに決まってるじゃねーか」

飛鳥「いやあ、昭和の文豪が愛した酒がある新潟県。良い米を使ってる。この辺りだと酒米の『三百万石さんびゃくまんごく』がとれるから、原料はそれですかね」

大「はい、そうです……」

飛鳥「水も、とても有名な名水がありますしね。確か『清澄水せいちょうすい』と言ったかな? 竹之山地区内に美術博物館があって、その敷地内に湧き水があったはず」

大「おっしゃるとおりです……」

広保「大の奴、あからさまにトーンダウンしていってるな」

小春「日本酒のことに関しては、大も知識があるほうなんだけどね。相手が相手だから」

飛鳥「羨ましい限りです。雪で大変だと思いますけど、いい環境で人もお酒も育まれている」


M大「ファッションモデルが『日本酒検定』の準1級を持っているなんて、反則だ。酒造に勤める俺ですら、まだ2級までしか合格していない。完敗だ。見てくれから性格はもちろん、唯一、自信があった酒の知識まで。あんなに正確に当てられちゃ、立つ瀬がないじゃないか」

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