第7話 ステータス



 興奮した美少女たちに囲まれてあたふたしていた俺だが、ふと彼女たちの様子に違和感を覚えた。

 みんな気丈に振る舞っているが、何人かが痛みに顔をしかめ、不自然に腕を庇ったり、足を引きずったりしている。逃げるときに転んだり、枝で擦ったりしたのだろう。白い肌に滲む赤い血が、やけに生々しくて胸が痛んだ。


「……みんな、怪我してるな。治療させてくれ」


 俺がそう言うと、生徒たちは顔を見合わせた。

 先頭にいた、青髪の少女がおずおずと手を挙げる。

 色素のグレーの瞳が、子犬みたいに潤んでいて放っておけない。彼女の二の腕には、木の枝で裂いたような痛々しい切り傷が走っていた。


「あ、あの……少しだけ、痛いですけど……大丈夫です。騎士団の救護班を待てば……」

「ダメだ。傷跡が残ったら大変だろ。俺が治す」


 俺は即答した。

 だが、次の瞬間、頭の中に浮かんだ「知識」に俺は言葉を詰まらせた。

 神からインストールされた魔法の知識。その中にある《聖魔術》の項目。





 ――効率的ナ魔力譲渡ノタメ、術者ハ対象ト『広範囲ノ粘膜マタハ皮膚接触』ヲ行ウ必要アリ。推奨ハ、魔力回路ノ中心デアル心臓部ヲ密着サセル抱擁――。




「抱擁」



 ってことは……。


 

 つまり、抱きついたほうがいいってこと?

 いやいやいや。

 どんなエロゲ設定だよと突っ込みたくなったが、この世界の魔法は「回路の接続」が基本だ。他人の体に魔力を流すには、物理的な接点が多ければ多いほど効率が良いというのは、理屈としては通っている。通っているが……。


「……その、治せるんだが。ちょっと特殊な手順が必要なんだ」

「特殊な、手順……ですか?」


 青髪の少女が、小首をかしげる。

 その無防備な仕草だけで、胸元の豊かな膨らみがぷるんと揺れた。

 俺は意を決して、申し訳なさそうに言った。


「魔力を直接流し込むために、体の中心を……その、密着させないといけないんだ。つまり、抱きしめる形になる。……嫌だったら、無理にはしない」


 俺の言葉に、その場がシーンと静まり返った。

 変態だと思われたか。


 そう覚悟して身構えたが、反応は違った。

 青髪の少女の頬が、みるみるうちに熟したトマトみたいに真っ赤になっていく。

 彼女はもじもじと指先を絡ませ、チラチラと俺の顔を見て、それから蚊の鳴くような声で言った。


「……あ、あなた様になら……いい、です。……お願いします」


 その恥じらう姿の破壊力たるや。


「じゃ、じゃあ、失礼します……」


 俺は彼女の華奢な肩に手を回した。

 そして、引き寄せる。


 柔らかい。

 信じられないほど、柔らかかった。

 彼女の豊満な胸が、俺の胸板にむにゅりと押し当てられる。

 制服の薄い生地越しに、彼女の体温と、トクトクと早鐘を打つ心臓の鼓動が直接伝わってくる。

 鼻先をくすぐるのは、甘いミルクのような、優しい女の子の香り。


「んっ……ぁ……」


 俺が腕に力を入れて密着度を高めると、彼女の口から艶っぽい吐息が漏れた。

 意識を集中する。

 接触点から、熱い光が流れ込んでいくイメージ。


「あっ、すごい……熱いのが、入ってきます……ぅん……!」


 彼女が俺の背中に手を回し、しがみついてきた。

 痛みはないはずだ。代わりに、魔力が満ちる快感と、芯から温まるような心地よさが彼女を包んでいる。

 数秒後、俺が体を離すと、彼女の腕の傷は跡形もなく消えていた。

 だが、彼女はまだぼーっとして、潤んだ瞳で俺を見上げている。





「……あ、ありがとうございました……すごかったです……」


 

 


 夢見心地でそう呟く。

 周囲の生徒たちがざわめいた。


「アヤだけいいなぁ……」

「あの強くて優しい腕に、あんなにギュッて……」

「私! 私、足首くじきました! 結構重症かもです!」

「私なんて背中が痛いです! もっと密着しないと治らないかも!」


 さっきまでの遠慮はどこへやら、次は私だとばかりに俺に詰め寄ってくる。

 みんな顔を赤らめつつも、その瞳には期待の色が満ち溢れていた。

 そんな羨望の視線の中、一人だけ集団の後ろで小さくなっている少女がいた。





 青い瞳と、銀髪の少女だ。


 名前はエリーと言うらしい。

 彼女は両腕で自分の体を必死に隠していた。

 逃げる際に木の枝に引っ掛けたのか、彼女のブラウスは右肩から胸元にかけて大きく裂けてしまっていたのだ。

 破れた布の間から、健康的な肌と、そして豊かな胸の谷間が丸見えになっている。

 隠そうとする腕の隙間から、こぼれ落ちそうな肉感が強調されて、逆にとてつもなく扇情的だった。


「……うぅ……見ないでください……こんな格好……」


 彼女は涙目で、恥ずかしさに震えている。

 騎士や他の男たちに見られたらと思うと、怖くて動けなかったのだろう。

 俺は迷わず、着ていた白いパーカーを脱いだ。

 下はTシャツ一枚になるが、構わない。


「これ、貸すよ」


 俺はパーカーを彼女の肩にふわりとかけた。


 直観で理解した。

 このパーカーには《装備最適化》によって、あらゆる防御術式が付与されていた。シンプルな耐久だけでなく、炎や、水、闇魔法や聖魔法も防げるかもしれない。

 《装備最適化》は、俺だけに最適化するのではない。元々俺の所持品だったものですら、他人に与えられても効果が持続する上に、さらにその新たな所持者に合わせて最適化されていく。

 そのような知識が頭の中に流れ込んできた。



 彼女は驚いて顔を上げる。

 大きな猫のような瞳が、丸くなる。


「え……でも、これ……あなた様の……」

「俺は平気だ。それより、風邪ひくぞ」


 彼女は震える手でパーカーの袖を通した。

 俺のサイズだから、彼女が着ると完全にオーバーサイズだ。

 袖から指先がちょこんと出るだけの「萌え袖」状態。

 裾はお尻まですっぽり隠れて、まるで彼氏の服を借りた彼女のような可愛らしさがある。


 彼女は、パーカーの襟元をぎゅっと掴み、鼻を埋めるようにして深く息を吸い込んだ。

 とたん、顔がボンッと音が出そうなほど赤くなる。


「(……男の人の、匂いがする……! 守ってくれた、強い匂い……)」


 聞こえるか聞こえないかの声で呟き、彼女は熱っぽい目で俺を見た。

 恐怖で強張っていた表情が、一瞬で恋する乙女の顔に変わる。

 彼女はもじもじと身をくねらせ、上目遣いで俺を見つめた。


「……あったかいです。あの……一生、洗いません」



挿絵 エリー

https://kakuyomu.jp/users/jtdpapdtdpd/news/822139842911881304



「いや、そこは洗ってくれ」


 俺が苦笑すると、彼女は「えへへ」とだらしなく笑った。 その笑顔を見て、他の生徒たちも我慢の限界を超えたようだった。


「カイト様! 私も治療してください!」

「ずるい! 私もパーカー着たいです!」

「ああっ、急に膝の力が……支えてください、カイト様!」


 どっと押し寄せる美少女の波。

 俺はあっという間に、甘い香りと柔らかい感触の中心に沈んだ。


 右腕には青髪の子がしがみつき、左腕にはパーカーの子が頬を擦り寄せ、背中には別の生徒がぴたりと張り付く。

 前後左右、どこを向いても巨乳とミニスカートと、期待に潤んだ瞳。

 あちこちから「カイト様」「すごかったです」という声が降り注ぐ。


 「あ、あ、あの……。えへへへ」


 多分、今の俺の顔。

 すごいだらしないだろうな。


 治療のための接触なのか、ただ甘えられているのか、もう境界線がわからない。

 ただ確かなのは、モブだった俺の人生が、今この瞬間、とんでもないボーナスタイムに突入しているということだった。


「ちょっと! いつまでデレデレしてるのよ!」


 甘い匂いと柔らかな感触の天国に浸っていた俺は、鋭い声とともに現実に引き戻された。

 サラが、俺と生徒たちの間に無理やり割り込んでくる。彼女の顔は、怒っているのか恥ずかしいのか、耳まで真っ赤だ。


「あ、いや、治療が終わったから……」

「終わったなら離れる! まったく、あなたもあなたよ。されるがままで……鼻の下が伸びてるわよ!」

「伸びてない。……たぶん」


 サラは「ふん!」と鼻を鳴らし、腕組みをして俺を睨み上げた。


「それで? あなた、一体何者なの?」


 サラが改めて問いかけてくる。

 生徒たちも、興味津々といった様子で俺を見つめた。

 キラキラした瞳が十対、俺に突き刺さる。


「カイトだ。それ以外は……自分でもよくわかってない」

「はあ? 自分のことでしょう?」

「なんていうか……記憶喪失ってわけじゃないんだが、気づいたらここにいたんだ。自分の強さの基準もわからない」


 俺が正直に言うと、サラは呆れたようにため息をついた。

 そして、少しだけ勝ち誇ったような、お姉さんぶった顔つきになる。


「しょうがないわね。常識知らずの迷子のために、私が教えてあげる」


 彼女はすらりと右手を前にかざした。



「この世界には、神が与えた『ステータス』という概念があるの。自分の魂の格を可視化する魔法よ。こうやって唱えるの……《状態開示》!」


 サラが唱えた瞬間、彼女の目の前に青白い光のプレートが浮かび上がった。

 半透明のウィンドウに、文字が羅列されている。






ステータス

────────────────────────

NAME:サラ・フォン・アイゼンガルド

ORIGIN:ガイア帝国出身

JOB:ガイア帝国騎士団第二部隊所属

LEVEL:22

────────────────────────

位階(共通):①銅②銀③金④白金⑤黒曜⑥星冠⑦神域

────────────────────────

■戦闘位階

[剣] :白金「剣導師」

[拳] :銀「剛拳士」

[弓] :銅「弓手」

────────────────────────

■基礎能力

[筋力]330

[敏捷]220

[体力]164

[知力]105

[精神]148

[幸運]92

[魔力量]82

────────────────────────

■固有スキル

[駆動炉]Lv.1








「見て。これが私のステータスよ」


 サラが胸を張り、誇らしげに言う。その数値を見た生徒たちが、一斉に感嘆の声を上げた。


「すごぉい……! 基礎能力が三桁超えてる……!」

「私たちなんて、まだ平均20くらいなのに……」

「さすが若き天才騎士様だわ。憧れちゃう」


 生徒たちの黄色い声援を受けて、サラはまんざらでもなさそうだ。 ふふん、と鼻を高くし、チラリと俺を見る。


「まあ、一般兵だと50くらいが平均ね。私は幼い頃から修練を積んでいるから、この領域にいるの。……どう? 少しは見直した?」

「ああ、すごいな。わかりやすい」


 なるほど。

 一般人が50、エリート騎士であるサラが100前後。

 これがこの世界の「強さ」の基準値というわけか。

 生徒たちが20ということは、サラは彼女たちの五倍の力を持っていることになる。確かに強い。


「じゃあ、次はあなたの番よ。私がやったみたいに念じてみて」

「わかった。《状態開示》」


 俺が見よう見まねで唱えると、胸の奥の「二重回路」が反応した。

フォン、という低い駆動音とともに、俺の目の前に漆黒のウィンドウが展開された。

 サラのものより大きく、そして情報の密度が濃い。


 そこに表示された文字列を見た瞬間。俺は首を傾げ、生徒たちは目を見開き、サラは――固まった。






ステータス



────────────────────────

NAME:カイト

LEVEL:1

────────────────────────

■基礎能力


[筋力]1256

[敏捷]1421

[体力]1184

[知力]1654

[精神]1520

[幸運]1880

[魔力量]1990

────────────────────────

■固保有スキル

[二重回路]Lv.1

[装備最適化]Lv.1

[略式模倣]Lv.1

[領域同期]Lv.1





「……ん?」


 俺は思わず声を漏らした。 

 

「なんだこれ、数値がバグってんぞ」


 俺が不安になって呟くと、横から覗き込んでいた生徒たちが、とろけるような声を上げた。


「キャーッ!! すごいっ!!」

「見て見て! 桁が違うわ!  LEVEL1なのに!」

「千!? 全部、千を超えてる!?」


 彼女たちの視線は、ランクではなく『基礎能力』に釘付けだった。俺も改めて数字を見る。


 筋力、1256。

 敏捷、1421。

 魔力量に至っては、1999。


 ――えっと、サラが100くらいだったよな?

 単純計算で十倍以上。生徒たちと比べれば六十倍以上。

 ドラゴンの鱗を紙みたいに斬れたのも、魔法をぶった斬れたのも、これなら納得がいく。

 技術云々以前に、出力の桁が違ったのだ。


「やっぱり英雄様だわ……!」

「カイト様、素敵……!」

「ランクが書いてないのは、きっと『神域』すぎて測定不能なのよ!」


 生徒たちは俺の腕にしがみつき、さっきよりも熱っぽい瞳で見上げてくる。 パーカーを貸したあの子なんて、俺の腰に抱きつきながら、うっとりとステータスプレートを眺めている。


「い、いや〜、それほどでも〜」


 だが、一人だけ反応が違った。

 サラだ。

 彼女は口を半開きにして、小刻みに震えていた。

 顔面は蒼白。目は点になっている。


「せ、せん……?」


 乾いた声が漏れる。

 (あとで聞いた話だが)彼女は騎士として、正しい教育を受けてきた。

 だからこそわかるのだ。この数値の異常性が。

 騎士団長ですら基礎能力の平均が500だったりする。

 しかも、スキル欄に見える《二重回路》や《術式破り》といった、聞いたこともない不穏な単語の数々。


「あ、ありえない……こんなの、人間じゃ……」


 サラはぶつぶつと呟き、俺の顔とステータスを何度も往復して見た。

 そして。


「ふあぁ……」


 プツン。

 そんな音が聞こえた気がした。

 サラの瞳からハイライトが消え、彼女の体がゆらりと傾く。


「おい、サラ?」


 ドサッ。

 金髪の美しき女騎士は、あまりのショック(と魔力酔いの後遺症)で、白目を剥いてその場に倒れ伏した。

 ミニスカートが盛大にめくれ上がり、本日二度目の純白が露わになるのも構わずに。


「「「サラ様ーッ!?」」」


 生徒たちの悲鳴が響く中、俺は自分のステータスウィンドウをそっと閉じた。 どうやら俺は、この世界でも平穏には暮らせそうにない。

 とりあえず、気絶したサラのスカートを直してやるところから始めようと、顔を真っ赤にしながら俺はしゃがみ込んだ。

 









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世界で一人だけの『剣魔法』使いである俺の、異世界限界突破ライフ~魔王が「頼むから死んでくれ」と泣きついてくるが、女神様が「最後は君と一つになりたい」と言って最強スキルをくれたので最速で強くなります~ ココア師匠 @jtdpapdtdpd

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