第3話 黄金のスペック、至高の血脈
白石玲奈としての生活が本格的に始まってから、私は自分の存在そのものが「オーパーツ」である事実に、段階的に打ちのめされていった。
何より私を驚かせたのは、今世の家族が持つ、圧倒的なまでの「格」だった。
父・白石慎司(しんじ)は、祖父が経営する巨大な白石病院グループの中でも、中核を担う系列の総合病院において、あらゆる外科を統括する「外科統括部長」という現場の最高責任者に就いていた。その指先は、数ミクロンの誤差も許されない消化器外科の領域で、数多の絶望的な命を繋いできた。
対して母・仁美(ひとみ)は、国立大学医学部の准教授。循環器内科の専門家として、複雑怪奇な心筋の挙動を解き明かし、次世代の医師を育てる教育者でもあった。
いわば、最高峰の臨床現場と学術の頂点が交わった場所に、私は「白石玲奈」として産み落とされたのだ。
生まれた瞬間に全能だったわけではない。しかし、生後半年を過ぎる頃には、私の「器」は周囲の期待を遥かに超える速度で回り始めていた。
(……この視界、やはりおかしい。解像度が数万倍になっているような感覚だ)
ベビーベッドの中から天井を見上げるだけで、クロスの微細な凹凸、そこに付着した一粒の埃の結晶までが、高性能な顕微鏡を通したかのように鮮明に把握できる。一度覚えた単語や概念は、霧が晴れるように脳の深淵に定着した。
父の書斎に置かれた難解な医学書、母がリビングで執筆している英語の論文。それらに並ぶ専門用語――「膵頭十二指腸切除術(PD)」や「左室駆出率(LVEF)」といった言葉が、私の脳にはまるで絵本の内容のように平易に吸い込まれていく。
ハイハイから歩行への移行も、私にとっては「練習」ではなく、最適な重心移動の「計算」だった。脳が僅かに指令を出せば、筋肉は物理法則に寸分違わず追従する。私は、自分という肉体が持つ「異常なまでのポテンシャル」を、成長するごとに恐怖を伴って確信していった。
けれど、その完璧な器の中に閉じ込められているのは、あの「うだつの上がらない営業マン」の魂なのだ。
(俺はただ、最新鋭のフォーミュラカーに放り込まれただけの素人ドライバーだ。俺がすごいんじゃない。この白石玲奈という身体が、脳が、生物として極上の『当たり個体』だっただけなんだ)
鏡を見るたびに映る、吸い込まれるような瞳を持った愛らしい少女。前世で泥水を啜り続けてきた精神は、この「白石玲奈」という美しく強靭な器を借りていることに、深い引け目を感じていた。
私は、自分が何かを成し遂げようとは夢にも思わなかった。医師になるなんて、そんな過酷な責任を背負う生き方は、自分には相応しくないと、最初から決めつけていたのだ。
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