第3話
「じゃあ、叔父さん。藤麻くんに異世界に召喚される前のこと、召喚された瞬間、そしてこっちの世界に戻ってきた時について教えてあげて」
冬花が静かに促すと、菊都は椅子の背にもたれながら息をついた。思い返すだけで疲れるのか、それとも語るべき重みがあるのか、どちらとも取れる沈黙が少し入る。
「んー、そうだな……異世界に行く前は確か大学の帰りだったな。帰り道をいつも通り歩いてただけなんだ。そしたら突然、足元に魔法陣が現れて、その瞬間、身体が光に包まれて、気づいたら巨大な城の謁見の間だった。真下にはドでかい魔法陣。で、目の前には王様がいて“魔王軍との戦争に勝つため召喚した”とか言ってきた」
想像したのか、藤麻がぽつりと呟く。
「ゲームみたいだな……」
「俺もそう思ったよ」菊都は苦笑しながら肩をすくめた。続けて菊都は言った。
「それで説明されたんだ。召喚魔法で別世界から呼ばれた者は、必ず強力なスキルを手に入れるらしい。それが“ギフト”って呼ばれるものだ」
「ギフト……それって“ビギナーズラック”ってやつか?」
「ああ、そうだ。その強力なスキルを得た人間を使って魔王軍に対抗しようとしてたらしい」
そこで藤麻は、前から気になっていた疑問を口にした。
「探偵さん以外にも召喚者はいたのか?」
「召喚された時は俺一人だったな。過去に何人かいたらしいが、冒険の中で出会ったことは一度もない。死んだのか、こっちの世界に戻ったのか……俺にはわからん」
藤麻は眉を寄せ、もう一つの疑問を重ねる。
「てか、召喚された者が強力なスキルを手に入れるなら、召喚しまくればいいんじゃないの?」
「それは俺も王様に質問したよ。そしたら、できない理由が二つあるって説明された」
「二つ?」
「ああ。一つ目は、膨大な魔力が必要だということだ。魔法陣を起動させるために、何年も何十年も、とある魔道具に魔力を溜めなきゃいけないらしい」
「魔力……」
冬花が呟いた。
「二つ目は法律だ。向こうの世界にもそれなりの法律があってな。“別世界から勝手に人を呼ぶのは、異世界住民に対する人権侵害に当たる”って判例があったらしい。召喚魔法の起動に失敗すると、召喚された者が押しつぶされて死体で出てくることがあるとかで……だからピンチの時以外は召喚魔法を使わないって決まりになってる。つまり、滅多に使えないってことだ」
「なるほど……」
藤麻は思ったより現実味のある理由に、息を呑んだ。
「で、そのスキルを手に入れた俺は、初めて挑戦することに関しては成功率百パーセント。戦い、交渉、探索、脱出……全部一発クリアだった」
「無双ってやつね。ラノベお決まりの展開ね」
「そうだな。で、そこで大冒険をしたよ。モンスターを倒してレベルを上げて、魔王軍とも戦って……いわゆるラノベやアニメのような、ちゃんと“異世界の冒険”ってやつをな」
菊都は少し遠くを見るように言いながら、懐かしさとも寂しさとも取れる微妙な笑みを浮かべた。
「剣の扱い方なんて知らなかったのに、気づけば前線で戦っていた。仲間もできたし、街を救ったこともある。称号が増えて、持て囃されて、気づいたら俺は英雄扱いだった。……本当に夢みたいな日々だったよ。だけど……」
そこまで言ったところで、菊都は言葉を区切った。眉間に深い皺が寄り、苦い記憶を無理に掘り起こそうとしているような表情になる。
「戦争の結末とか、帰ってきた瞬間とか……最後の記憶がごっそり抜けてる。だから俺は、どういうきっかけで異世界から戻ったのかがわからねぇ。戻った時は、召喚された場所と全く同じ場所にいた。で、こっちの世界でも時間が流れてて十年経っていた。それに後から、ギフトで得たスキルが使えることにも気づいた。スキルに気づいた時は嬉しかったよ。あの異世界の冒険は夢じゃなかったって証明された気がしたからな」
そこで冬花が口を開く。
「スキルについては私も検証した。叔父さんが初めてやるゲームをいくつも挑戦させたけれど、運が絡むポーカーなどのゲームは勝てなかった。でも、逆に運が絡まないチェスなどのゲームはすべて圧勝だった」
「……あの時の冬花は大人気なかったよ?」
菊都が苦笑混じりに言い、肩をすくめる。
冬花は少し恥ずかしそうに咳払いし、「コホン」と声を整えてから口を開いた。
「私が気になるのは、叔父さんがなぜ召喚されたのか。ランダムで召喚されたのか、それとも“選ばれて”召喚されたのか」
「探偵さんはそれを王様に聞かなかったの?」
藤麻が問う。
「そんなん、気にしたことなかったわ。ランダムじゃねぇの?」と菊都。
冬花は首を振る。
「今回行方不明になった伊勢くんは二十歳。叔父さんも行方不明になった時は二十歳。ランダムにしては出来すぎてるわ」
「それについては前から言ってるだろ。偶然だよ。偶然。たまたまだ」
菊都は軽く言い切る。
「その“偶然”が大事なのよ。偶然には必ず合理的な理由がある。とある漫画のセリフよ。それで伊勢くんについて知りたくて、伊勢くんの知り合いを探していたのだけれど……なかなかいなくて」
「あー、それはそうだろうな。伊勢のやつ、俺以外友達いないくらい友達少ないから」
「お! それは俺と同じだな。俺も友達いないやつだったから、こっちの世界に戻ってきた時助けてくれるやついなくてさぁ。そんな時冬花がいてくれたのは心強かったなぁ」
菊都がしみじみと口にすると、冬花は無言で近くのホワイトボードに友達がいないと書いた。
「冬花? 流石に傷つくんだけど?」
「大事な共通点よ」
冬花は真剣な表情で藤麻に向き直る。
「藤麻くん。伊勢くんについてもっと教えてくれるかしら」
藤麻は頷き、伊勢に関する情報を二人へと共有した。
共有して分かった共通点は三つだった。
一つ、行方不明になった時の年齢がどちらも二十歳であること。二つ、どちらも友達が極端に少ないこと。
三つ、ラノベや漫画、ゲームなどの“異世界モノ”の作品に精通していること。
「……こんなところかしら」
冬花がまとめるように言った。
藤麻は腕を組みながら首を傾げる。
「でも、これが分かって何になるんですか?」
「大事なデータよ。もし、この条件に当てはまる者を“狙って”召喚できる仕組みになっているのなら、こちら側でも全く同じシステムを作れた場合、行方不明になった人だけに絞って条件を設定し、逆に“こちらの世界へ召喚し直す”ことができる」
「それができるなら……伊勢もこちらに呼び戻せるってことか」
「その通りよ」
「でもよ、そのシステムってなんだよ?」
菊都が口を挟む。
「確かに。別の場所にいた人間が全く別の場所、それも異世界に一瞬で移動するシステムなんてあるんですか?瞬間移動とか?可能なんですかね?」
藤麻も疑問を重ねた。
「理論上は可能よ。有名なのは量子テレポートね。ただ“瞬間移動”って呼ばれると誤解が生じるの。実際は物体を空間的に転送してるわけじゃなくて、対象となる粒子の量子状態をエンタングルメントを介して別座標に再現して……」
そこで冬花の説明が長くなり、藤麻と菊都の頭に同時に「?」が浮かぶ。
「全くわかんないです」
「あ、ごめんなさい。簡単に言うなら、あなたの体をとんでもなく細かく分解して、細胞・分子の配置・電気信号・記憶・思考まで全部データ化して送る。そして転送先でその通りに組み直す。本人の感覚としては“一瞬で移動した”って思う、っていう仕組みよ。もちろんそこまでの精度はまだ実現してないけど、理論自体はあるの」
「なるほど。なんかそれ、どこでもドアの都市伝説みたいだな」
「都市伝説?」
「別の場所につながるんじゃなくて、人間をコピーして、本物の方を消して、コピーを向こう側に配置するってやつ。移動したつもりで実は死んでるっていう……」
「その話は聞いたことがあるわ。確かに“向こうで再現されてこちらは消える”という部分だけを抜き出すなら、量子テレポートと似ているように見えるわね」
菊都が話を戻す。
「小難しいのはいいとして、異世界召喚ってのは結局その……量子テレポートってので成り立ってるのか?」
「いいえ。私の見解は違う。叔父さんが言っていた“召喚魔法失敗した者は押しつぶされて死体として出てくる”という話を聞く限り、ワームホールだと思うわ」
「ワームホールってのは知ってるぞ。あれだろ?離れた二地点の時空を繋ぐってやつ」
菊都が確認する。
「ええ。ワープゲートって言い方の方が分かりやすいかもしれないわ」
「それなら理解できる」
「ただ、ワームホールは、人間が通ろうとすると色んな負荷がかかって理論上押しつぶされるの」
藤麻が眉を寄せる。
「でも、異世界の人達は押し潰れずに召喚できてるんですよね?押し潰れない方法もあるってことですよね?」
「あるわ。けど、それには“負の質量を持つ物体”が必要なの」
「負の質量って……そんなの存在しなくね?」
「……ここからは完全に仮定の話になるけれど、“負の質量を持つ物体”は魔力なんじゃないかと私は考えているわ」
「魔力が?」
「ええ。異世界に召喚魔法を扱える存在がいる以上、そう考えるのが自然じゃないかって。だからこれも仮定だけれど、叔父さんや伊勢くんが行った世界は、負の質量を自在に扱えるほどの超高度科学文明なんじゃないか、と私は推測しているの」
「でも、こっちの世界に魔力を扱える人なんていないし……」
藤麻が呟くと、冬花は肩をすくめた。
「ええ、そうね。だから行方不明者を追ってるの。こっちの世界に戻ってきていないか調べてるのよ」
「戻ってきたら、情報が増えるってこと?」
「それもあるけれど、いま一番の問題は“魔力を扱える人がこっちの世界に存在しない”こと。それを扱える可能性があるのは、戻ってきた行方不明者だけだから。とはいえ、まだ一度も戻ってきた人は見つかっていないんだけど」
冬花は苦笑しながら小さく息を吐いた。
「戻ってきた人が魔力を扱えるんですか?探偵さんの話だと、こっちの世界の人は魔法を使えないんじゃなかったでしたっけ?」
「それも聞いたわ。そもそも、向こうの世界で得たスキルが残るのかすらわからない。希望的観測にすぎないのだけど、もし戻ってきた人がスキルを保持していて、そのスキルが魔力を扱うものだった場合、その人物は魔力を扱えることになるじゃない?」
「……まぁ、それは確かに」
納得はしているが、まだ半信半疑といった顔で藤麻は頷いた。
「つまり、俺の仕事は結局、また行方不明者探しなのね」
大きなあくびをしながら、菊都が投げやりに言う。
「そうしてくれると助かるわ。私はワームホールについての研究と調査を続けるから、そっちは任せるわ。叔父さん」
「りょーかい」
軽く手を挙げて応える菊都とは裏腹に、冬花は真剣な眼差しで藤麻へと視線を向けた。
「藤麻くん。あなたにも、たまに話を聞かせてもらいたいのだけれど、いいかしら?」
「それは別にいいんだが……。なぁ、その行方不明者探し、俺にも手伝わせてくれないか?」
一瞬、場の空気が止まった。冬花は歓迎の色を浮かべ、しかし視線を横へ動かす。
「……私は構わないし、ありがたいけれど。叔父さんは?」
「あ?無しだ。無し。半グレに捕まって泣きそうになってた足手まといのガキなんざごめんだ」
吐き捨てるように言う叔父に、藤麻は眉をひそめた。
「ガキじゃねぇ。成人してるし、もう大人だわ」
「俺からしたら大学生なんざ全員ガキだ」
「そりゃあ、ジジイからしたらガキだろうな」
「……あ? 誰がジジイだって?」
ぶつくさ言いながら睨み合う二人。空気がやや険悪になりかけたところで、
冬花が両手を勢いよく合わせ、バチンッと大きな音を鳴らした。
一瞬で視線が冬花に向く。
「だったら、こうしましょう。今からひとつ問題を出します。それが解けたら藤麻くんは“探偵の素質あり”ってことで、ここでバイトとして雇います。逆に解けなかったら家で大人しくしててください」
「入社試験ってことですか?」
藤麻が苦笑しながら聞く。
「ええ、そうよ」
すると菊都がすぐさま口を挟む。
「おい、待て。俺は許可してないぞ。それに俺にメリットがない」
冬花は即答した。
「だったら、早抜けにしましょ。先に問題を解いた方が勝ち。勝った方は、負けた方に“何でも”言うことを聞かせる。それでどう?」
「いいぜ」
藤麻が立ち上がり、挑むように言い放つ。
「いいね」
菊都も負けじと笑みを浮かべて応じた。
友達が異世界にいる件について @kinakowarabi
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