第2話

「あのね、基本的に警察官の拳銃がジャムるなんてまずないの!今回は、あの自称ヤクザの半グレたちの扱いが粗雑で、整備不良だったから不発になっただけで……」


藤麻と探偵の菊都は、菊都が廃墟に入る前に通報していたおかげで無事救出され、到着した警察官たちに事情聴取をされていた。

そして今、二人そろって長々と説教を受けている最中だった。


「そもそもね、菊都さん。通報したらその場で待って。勝手に建物に入っちゃダメ。本当に危険なんだから」


「はい、すみません……」


大の大人とは思えないほど縮こまって謝る菊都に、藤麻は少しおかしく思えた。


警察官は視線を藤麻に向ける。


「そっちの君もね。怪しい人を見かけても、ついていったらダメだよ?」


「はい……すみません」


「もう……今回はたまたま何とかなっただけなんだから。ほんとに気をつけてよ」


警察官は深いため息をつき、眉間を押さえた。


その長い説教のあと、藤麻と菊都はパトカーの後部座席に乗せてもらい、駅まで送り届けてもらった。


「……で、異世界専門の探偵ってなんですか?」

パトカーが去ったタイミングで、藤麻はようやく聞いた。


「そのまんまの意味だ。異世界に関する案件を調査してる。主に行方不明事件だな」


「一度召喚されたことある、っていうのは?」


「二十歳の頃の話だ。ネットに出回ってる、伊勢が消える直前のあの動画。あれと全く同じ状況で、俺も異世界に召喚されたんだ。そこでな、大冒険をしてきた」


「ふーん。この世界にどうやって戻ってきたんですか?」


「それが覚えてねぇんだよ。最後の方の記憶がすっぽり抜けてる」


「小説だとしたらガバガバすぎる設定だね。やっぱりおっさんの妄言じゃねぇか」


「信じねぇよな。じゃあ証明してやるよ」


菊都は財布から硬貨を取り出し、藤麻に渡した。


「なんですか?」


「今から俺のスキルを見せる。召喚された時に手に入れたギフトだ。これだけ、この世界に持ってこられたみたいでな」


「ふーん。それで、何すればいいの?」


「俺は後ろ向いてる。お前はそのコインを右手左手どこでもいいから隠し持て。それを当てる」


「ただの運試しじゃねぇか」


「まぁいいからやれって」


藤麻は完全に半信半疑だったが、渋々付き合うことにした。

硬貨を右手へ入れ、両手をグーにして前に出す。


「探偵さん。いいよ」


振り向いた菊都は、迷わず藤麻の右手を指した。


「ここだろ?」


「……正解」


藤麻は渋々、右手を開いて硬化を見せる。


「ほら見ろ」


「じゃあ探偵さんのスキルは幸運ってこと?」


「いや、ちょっと違う。俺のスキルは《ビギナーズラック》だ」


「ビギナーズラック?」


「ああ。俺が“初めて経験すること”に関しては、必ず幸運を引き寄せる能力だ」


「へぇ……なんていうか、地味」


「なんだと!? このスキルで俺は異世界で無双してたんだぞ!それに、銃を向けられた時だって……!」


「異世界って言えばさ、もっと派手な魔法とかじゃないの?」


「あー、魔法はこっちの世界のやつらは使えないらしくてな。スキルでやりくりするしかなかったんだよ。俺だって使いたかった」


「なんか全部言い訳みたいだな。まぁ、“そういう小説の設定”として受け止めとく」


「まぁ、そう簡単に信じろってのも無理か。傍から見りゃただの厨二病だ」


「そうだな」


「ただ、伊勢の情報を持ってそうで、協力してくれそうだと思ってるんだろ?探偵なりの推理だ。

君は俺を厨二病扱いしてるくせに異世界の話に食いついた。つまり、少なからず異世界について信じてるってこった。協力して欲しいんだろ?」


「何が推理だよ。自明だろ。あと協力したいんじゃねぇわ。何か知ってんなら利用しようと思っただけだ」


「うわ、生意気。助けてやったのにな」


「……そ、それは感謝してる」


藤麻は照れ気味に小さく言った。


「あれ?意外と可愛いな」


「おっさんに言われても嬉しくねぇよ」


「はいはい。でも、今日はもう遅いから帰れ。俺も伊勢について聞きたいし、君も異世界のこと聞きたいなら、明日か明後日あたり俺の探偵事務所に来い。これ、名刺」


菊都は名刺を差し出す。

藤麻はそれを受け取って帰路についた。


家に帰ると、キッチンから油のはねる音が聞こえた。覗いてみると、咲良がエプロンをつけて何かを作っていた。


「料理? 珍しいね」


声をかけると、咲良は肩をビクッと震わせて振り返る。


「び、びっくりしたぁ……おかえり。帰ってくるの遅かったね」


「何してんの?」


「料理」


「そか。なんでまた急に?」

藤麻は冷蔵庫から水を取り出しながら訊いた。


「花嫁修行ってやつ」


そう言った瞬間、咲良のフライパンの中身がぼんっ!と火柱を上げた。


「フ……フランベ?」


「…………」


「てか、これ何作ってんの?」


「…………野菜炒め」


「ただの火事じゃん!」

藤麻は持っていた水を一気にかけて火を消した。


「ふぅ、危なかった」


「どうやったら野菜炒めであんな燃やせるんだよ」


「ふっ、これぞ料理人の腕ですわ」


「二度と料理人語んな。自分の部屋でやれよ。いや、同じアパートだから結局危ねぇけど」


「いやぁ、藤麻の部屋なら平気かなって」


「もう合鍵返せこの野郎。つか、なんで急に花嫁修行?」


「ピンチの時に私を助けに来てくれるようなイケメン彼氏を捕まえるため」


「白馬の王子様的な?」


「そう。白馬の王子様的な。そのために女子力上げなきゃいけないのよ」


「そういうの気にしない男にすれば? 例えば俺とか」


冗談めかして言うと、咲良は数秒じっと見つめて鼻で「ふっ」と笑った。


「それどういう意味だてめぇ!?」


「いや、藤麻はなぁ? だってねぇ?」


「てか女子力上げたいなら、まず自分の部屋片付けろよ。この前俺が掃除してから一ヶ月経ってるし、もう汚れてる頃だろ?」


「ふっ、甘いね。私くらいになると一週間で散らかせるのだよ」


「もう二度と掃除しに行かん」


「あー、ごめんなさいごめんなさい。やってほしいです。今度友達呼ぶので。家政婦さん、お願いしますよ」


「いつ俺が家政婦になったんだよ」


「じゃあメイドさん」


「せめて執事であれ!!」


そんなやり取りをしながら、藤麻は燃え尽きた“料理らしきもの”の残骸を片付け、代わりに適当な料理を作ってあげた。


翌日、藤麻は菊都の探偵事務所へ向かった。

名刺に記された住所をスマホのマップに入力し、案内通りに歩いていった先にあったのは、駅から徒歩十数分の住宅街。その中にある、どう見ても“普通の家”だった。外観はおしゃれな民家で、ポストには名刺とは違う名字が記されている。


「……本当にここで合ってるのか?」


藤麻は名刺とスマホを見比べ、戸惑いながらインターホンへ手を伸ばす。押そうとした瞬間、背後から女性の声がした。


「私の家に何か用ですか?」


振り向くと、白衣を身にまとった女性が立っていた。銀縁の丸メガネが知的な印象を際立たせ、整った顔立ちはまさにクールビューティーといった雰囲気だ。藤麻は思わず息を呑む。


「あ……いや……えっと……」


しどろもどろになっていると、女性は藤麻の手にある名刺を見て表情を変えた。


「もしかして、叔父さんのお客さん?」


「おじ……さん?」


「菊都さんの、お客さんですよね?」


「あ、はい。そうです」


「わかりました。少し待っててください」


そう言って女性は家の中へ消えた。しかし数分後。


「おいジジイ!いつまで寝てんだよ!?もう昼過ぎ!客だって言ってんだろ!!」


とてつもなくドスの効いた怒声が響いた。あのクールな女性の声だ。藤麻の抱き始めた印象がガタガタと崩れていく。


そして、ドタバタと音を立てて寝起き丸出しの菊都が現れた。


「あ?すまない。藤麻だっけか?リビングで待っててくれ。着替えてくる」


案内されたリビングには、物理学や量子力学の専門書が山のように積まれ、巨大なホワイトボードには藤麻には理解不能な数式がびっしりと書き込まれていた。探偵事務所と言うより研究室のようだ。


その混沌を眺めていると、さきほどの女性が入ってきてお茶を差し出してくれた。


「ありがとうございます」


藤麻が礼を言って一口飲むと、身だしなみを整えた菊都が現れる。


「すまない、冬花。お茶まで用意してくれて」


「当然。客なんだから」


会話を切り替えるように、菊都は藤麻へ向き直った。


「で、異世界について聞きに来たんだろ?」


「いや……どちらかというと、伊勢の件についてだが」


「わかった。ただ、その話をする前に、俺が異世界帰りであること。そして君のお友達も異世界に行った可能性があることを信じてほしい」


「……んなもん、信じろって言われてもな」


途端に菊都は困ったような顔をし、何を話すべきか迷い始める。


「えっと……何から話せばいいんだっけか……?」


「はぁ……叔父さん、どいて」


近くにいた先程の女性はため息をつき、菊都の横に座ってタブレットを机の上に置いた。


「これ、見て」


再生された映像は、伊勢が行方不明になる直前のものだった。


「……ネットで騒がれてる映像か。白い光に包まれる前、足元に魔法陣が見えるってやつ。でもあれ、誰かが編集した悪質なイタズラだろ?」


「私も最初はそう思った。でも解析ツールで検証した。編集された痕跡は一切なかった」


「じゃあ……あなたも異世界に行ったって信じてるんですか?」


「信じるとか信じないの問題じゃない。叔父さんは二十年前に行方不明になり、帰ってきて“異世界召喚された”と言った。伊勢のケースは叔父さんの証言と類似点が多い。データは足りないけど……」


冬花は迷いなく続ける。


「もし異世界召喚の仕組みを再現できるなら、空間と空間を繋げることもできる。つまり瞬間移動すら理論上は可能になる。私はそれにしか興味がない」


「は、はぁ……というか、あなたは?」


「山田冬花。大学生」


「どうも。松本藤麻です…………って大学生!?てっきり社会人かと……どこの大学ですか?」


「この近くの……なんだっけか?」菊都が代わりに言う。


「え!?あそこ?偏差値めちゃくちゃ高いとこじゃん……天才じゃん」


「偏差値なんて興味ない。研究したいことがあったから行っただけ」


「えっと……探偵さんとはどういう関係なんですか?」


「冬花は俺の姪だ。こっちの世界に戻った直後、冬花の親族が亡くなってな。俺が引き取った。あの時は手続きやら何やら大変だった」


「叔父さん、話が脱線してる」


「あ、そうだった。冬花がデータを集める必要があると言うから、俺は探偵事務所として資金を稼ぎつつ行方不明事件を調べてる。異世界が関わっていそうな事件を洗っているわけだ。昨日、君と会ったのも、その捜査の途中だったってわけ」


「……それでもやっぱり、異世界に行ったって話はにわかには信じ難いのだが」


藤麻の正直な言葉に、冬花は瞬きひとつせず淡々と返す。


「信じる必要はない。あくまで“仮定”でいい」


冬花はタブレットを藤麻の前に向け直しながら続けた。


「日本の年間平均行方不明者数は、およそ八万人前後。理由は疾患、家庭、職場、そして犯罪……この前あなた達と対峙した半グレ達のように人身売買に関わっているケースもある。八万人。八万人よ。その中に、異世界に召喚された者がいたとしても不思議じゃないわ」


淡々と、しかし一切の無駄なく事実だけを並べる口調。その迫力に、藤麻は息をのみ、言葉を飲み込んだ。


しばらく沈黙が落ちた後、藤麻は観念したように息を吐く。


「……わかった。探偵さんも、俺の友達も異世界に行ったと仮定して話を進めよう」 

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