第6話 噂になる少年




翌朝、

ギルドの空気は

どこか違っていた。




掲示板の前に集まる

冒険者たちの声が、

いつもより

低く、

慎重に響いている。




「……聞いたか?」


「昨日の、

 あのヒーラーの話」




アレンは、

入口付近で

足を止めた。




自分のことだと

わかっていても、

すぐに

体が動かなかった。




「ソロで森に入って、

 コボルトと

 遭遇したらしい」


「それで、

 倒れなかったって」




「ヒーラーだろ?」


「普通なら、

 一瞬で終わりだ」




心臓が、

どくりと鳴る。




「……」




聞こえてくる声は、

嘲笑ではなかった。




驚き。


そして、

戸惑い。




アレンは、

静かに

息を吸い、

受付へ向かった。




「おはようございます」




マールが、

こちらを見るなり

小さく笑った。




「おはようございます、

 アレンさん」




その声は、

いつもより

少し明るい。




「……何か、

 ありましたか?」




「ええ。

 少しだけ」




マールは、

周囲を確認し、

声を落とした。




「噂に

 なっていますよ」




「倒れないヒーラー、

 って」




胸の奥が、

きゅっと

締めつけられる。




「……悪い意味、

 ですか?」




マールは、

すぐに

首を振った。




「いいえ。

 少なくとも、

 今は」




「驚いている人が

 多いだけです」




それでも、

完全に

安心はできなかった。




噂は、

広がる。




良くも、

悪くも。




「……今日は、

 どうされますか?」




マールの問いに、

アレンは

少し考えた。




昨日の疲労は、

ほとんどない。




身体は、

軽い。




だが、

心は

慎重になっている。




「……依頼を、

 受けます」




「ただし、

 昨日より

 危険度は

 上げません」




その言葉に、

マールは

ほっとしたように

頷いた。




「それが、

 一番です」




依頼は、

害獣の追い払い。




討伐ではない。




距離を取り、

近づかせないことが

目的だ。




「……ちょうどいい」




ギルドを出ると、

背後から

声がかかった。




「おい」




振り返ると、

中堅冒険者らしき

男が立っていた。




年は、

二十代後半。




傷の多い鎧。




「お前が、

 噂のヒーラーか?」




周囲の視線が、

集まる。




アレンは、

一瞬だけ

緊張し、

それから

正直に答えた。




「……はい」




男は、

じっと

アレンを見つめ、

鼻で笑った。




「無茶は、

 するなよ」




それだけ言って、

去っていく。




侮蔑ではない。




忠告。




アレンは、

小さく

頭を下げた。




「……はい」




目的地へ向かう道中、

風が

強く吹いていた。




草が揺れ、

視界を遮る。




「……嫌な感じ」




感覚が、

警鐘を鳴らす。




だが、

今回は

想定内だ。




「ヒール」




自分に、

魔法をかける。




身体が、

内側から

整っていく感覚。




視界が、

少しだけ

広がる。




「……来る」




茂みから、

魔物が姿を現す。




一体。


小型。




動きは、

速いが、

攻撃力は

低い。




「……距離を」




近づかせない。




それだけに

集中する。




魔物が

跳びかかる。




かわす。




足取りは、

安定している。




「……よし」




時間をかけ、

少しずつ

追い払う。




魔物が

森の奥へ

消えたとき、

アレンは

大きく息を吐いた。




「……成功」




派手さは、

ない。




だが、

確実。




ギルドへ戻ると、

受付前が

また少し

ざわついた。




「また、

 一人で?」


「無事か……」




視線の質が、

変わっている。




疑いから、

観察へ。




アレンは、

淡々と

報告を済ませた。




マールは、

微笑み、

静かに

頷いた。




「問題なし、

 ですね」




「はい」




その様子を、

離れた場所から

シャールが

見ていた。




ギルド長は、

腕を組み、

小さく

息を吐く。




「……噂は、

 避けられんな」




だが、

それは

悪いことではない。




「倒れない」




それは、

冒険者にとって

何よりも

価値がある。




その夜、

宿に戻ったアレンは、

窓辺に

腰を下ろした。




王都の灯りが、

遠くで

瞬いている。




「……噂、か」




少し、

怖い。




だが――




逃げないと、

決めた。




倒れないヒーラーは、

もう

隠れていられない。




それでも、

歩みは

止めない。




静かに、

確実に。




噂になる少年は、

まだ

自分の価値を

測りきれていない。




だが、

世界は

少しずつ、

彼に

目を向け始めていた。

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