第5話 倒れないヒーラー




朝の光が、

宿の小さな窓から

差し込んでいた。




アレンは、

ゆっくりと

目を開ける。




身体に、

痛みはない。


筋肉の張りも、

疲労感も、

ほとんど残っていなかった。




「……ちゃんと、

 回復してる」




昨夜は、

ほとんど無意識のまま

自分に回復魔法を

使っていた。




それでも、

魔力切れの感覚は

なかった。




「自己循環……」




シャールの言葉が、

脳裏に浮かぶ。




使ったはずの魔力が、

完全には失われない。


だから、

倒れにくい。




ヒーラーとしては、

ありえない特性だった。




「……でも」




だからこそ、

怖くもある。




この力に、

頼りすぎたら。




考えを振り払い、

身支度を整える。




今日は、

昨日より少し

難しい依頼を

受けるつもりだった。




ギルドへ向かう途中、

朝の王都は

活気に満ちている。




商人の呼び声。

鍛冶場の音。

冒険者たちの笑い声。




その中に混じると、

自分も

その一員になったようで、

少しだけ

胸が温かくなる。




ギルドに入ると、

掲示板の前で

人だかりができていた。




「……討伐依頼?」




覗き込むと、

低ランク向けの

小規模討伐が

張り出されている。




対象は、

森に出没する

魔物数体。




「一人じゃ、

 無理だよな……」




そう思いながらも、

視線が

依頼書から離れない。




「アレンさん?」




後ろから、

聞き慣れた声。




振り返ると、

マールが立っていた。




「今日は、

 少し難しそうな

 依頼を

 見てますね」




「……はい」




正直に、

答える。




「怖いですけど、

 試したくて」




マールは、

少しだけ

真剣な顔になった。




「シャールさんから、

 話は聞いています」




「無茶は

 しないでください。

 でも……」




そこで、

小さく微笑む。




「アレンさんなら、

 きっと

 ちゃんと判断できます」




その言葉に、

胸の奥が

少し軽くなった。




依頼書を取り、

受付を済ませる。




周囲から、

ちらりと

視線を感じた。




「……ヒーラー?」


「しかも、

 一人?」




囁き声。




昨日までなら、

きっと

俯いていた。




だが今は、

違う。




「生き延びる」




それだけを、

心に刻む。




目的地は、

昨日より

少し奥の森。




木々が密集し、

視界は悪い。




足音を殺し、

慎重に進む。




すると――




枝が折れる音。




「……っ」




現れたのは、

二体の魔物。


コボルト。




知能があり、

群れで動く。


初心者には、

厄介な相手だ。




「二体……」




逃げるべきか。




一瞬、

迷う。




だが、

距離はすでに

詰められていた。




「ヒール」




自分へ魔法をかける。




身体が、

内側から

熱を帯びる。




視界が冴え、

足が軽い。




コボルトが、

石を投げてくる。




「……!」




かわす。


間一髪。




心臓が、

激しく鳴る。




「落ち着け……」




再び、

回復魔法。




消耗は、

ほとんど感じない。




「……倒さなくていい」




目的は、

討伐ではない。




生存。




隙を見て、

距離を取る。




だが、

足を滑らせた。




「――っ!」




地面に、

背中を打つ。




痛みが、

走る。




コボルトが、

迫る。




「……ヒール!」




反射的に、

叫ぶ。




光が、

身体を包み込む。




痛みが、

消える。




立ち上がる。




「……倒れない」




恐怖は、

確かにある。




だが――




立てる。


動ける。




だから、

まだ終わらない。




必死に走り、

木々の間を抜ける。




魔物の気配が、

遠ざかる。




やがて、

森の外へ。




「……はぁ……

 はぁ……」




膝に手をつき、

大きく息を吐く。




生きている。




それが、

何よりの

証拠だった。




ギルドへ戻ると、

受付前が

少しざわついた。




「戻ってきたぞ」


「無事か……?」




視線が、

集まる。




「……報告を」




淡々と、

依頼内容を伝える。




マールは、

真剣に聞き、

最後に

大きく息を吐いた。




「無事で、

 本当によかった……」




「……倒れませんでした」




アレンの言葉に、

マールは

小さく目を見開いた。




「それが、

 一番大事です」




周囲の冒険者たちが、

静かに

こちらを見る。




「ヒーラーなのに……」


「倒れなかった、

 だと?」




囁きが、

確かに

変わり始めていた。




その夜、

ギルド長室に

呼ばれる。




シャールは、

短く報告を聞き、

静かに頷いた。




「いい判断だ」




「倒れないことは、

 戦うこと以上に

 価値がある」




アレンは、

深く頭を下げた。




「……ありがとうございます」




部屋を出たとき、

胸の奥に

確かな感覚があった。




恐怖は、

まだある。




だが――




「ぼくは、

 倒れない」




それは、

小さな確信。




最強ではない。


まだ、

程遠い。




それでも、

倒れないヒーラーは、

確かに

ここにいた。

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