第三話 第三者を交えての話し合い
私は目の前にいる熊に命令を下した。
「オーグマー、正座」
熊は不思議そうな目で私を見る。そのつぶらな瞳に何故か気圧されて及び腰になりつつも、私の決断を伝える。
「オーグマー、あなたの名前よ。私が決めた」
熊ことオーグマーは前足を持ち上げ僕?と指差す。
そうよ、と私は頷くと詰問する。
「あなた、この部屋に入ってから何をやらかしたのか、ご存知ない?」
思い当たる節があったのだろう、私の言葉にはっと気がついたオーグマーがビール缶を傍らに置き器用に正座した。
:ん?
:何、大熊?
:発音からしてオーグマー?
:何故?
:見た目は小熊だぞ
:あれじゃね?ビール飲んだから前世は成人済みだからだろ
:小熊なんだからコクマーでも良いような
:それ以上いけない
:え、何で?
:確かセフィロトとか何かでそんな名が
:あー名前負けするってことか
:おいw何してんのw
:かなちゃんw
:説教w
:SEKKYOUですね、分かります
:おい、クマw
:正座w
:できるのかw
:人間と違って正座できるもんなのか?
:大概、常識が邪魔をするからねえ
視聴者たちの言葉は音声で出力されるように切り替えてある。
何とは言っても私は5年間も引きこもっているから、外界との知識のズレが激しいはずだ。
だからこそ、視聴者たちを強引に巻き込んで話し合いに参加させることで交渉がスムーズになるはず。
……などと言う私の内心の目論見が誰にも聞こえていないと信じたい。
正座を続けるオーグマーに私は言い聞かせる。
「この部屋に設置していた冷蔵庫はお父さんの好意によるものだけど、中身は私がアルバイトして用意した貴重な食材なの」
事の重大性を理解したのか、オーグマーは目に見えて縮こまった。
そのような様子に気を良くしたのか私は言葉を紡ぐ。
「あなたは私に無断で冷蔵庫の中身を漁った卑しい畜生なの。理解できて?」
もはや私の気分は女王様である。
:クマ、たじたじw
:先ほどまでの図々しさはどこへやらw
:警察「もう俺ら、行く必要なくね?」
:万が一があるから待機な
:そうそう
:いざという時のための緊急措置が何呆けてんのよ
:そういえば猟友会はどうした?
:んーその事だけど、猟友会も困惑してる
:まあ、無理して狩る必要も無さそうだからな
:この場合、法的にはどうなるの?
:無害なら近場の山林に帰すのが定番なんだが
:が?
:面倒くさがってその場で処分することもままある
:ヒェッ
:今回はかなちゃんが決めなければいけないことだ
:そうなのか
:かなちゃん、日本の未来は任せたぞ
:そんな大げさなw
そういえば、何をしに私の部屋までやって来たんだろうか。
「ねえ、どうして私の家に来たの?」
しばしの沈黙。オーグマーは頭を左右にゆっくりと振る。
違うという意味なんだろうか。
オーグマーは正座を止め四つ足でパソコンの前に移動すると椅子に座ろうとよじ登る。まだ慣れてないだろうと背後に回った私が手を添えて支えてあげる。
オーグマーはキーボードに両前足の人差し指の先の爪だけでポツポツと文字を打ち込み始めた。
正確に文字を入力できるのならこの方が確実なんだろう。
私はオーグマーの後ろからディスプレイを覗き込み、文字を読み取ろうとして鼻に来る獣臭さに顔をしかめた。
「臭い!」
その一言でオーグマーの動きが止まった。
キーボードから前足を離して鼻に近づけて臭いを嗅いでいるがよく分からなかったらしく首を傾けている。
どうやら鼻が馬鹿になっているようだ。
世話が焼ける。
「一段落したらお風呂に行くわよ」
私の言葉にオーグマーはため息をひとつ吐いて打鍵を再開する。
どうも今の発言に視聴者たちの書き込みがぐんと跳ね上がったようだ。
どんな内容か覗き込むけど勢いが速すぎて把握しきれない。
異種姦とかふざけた書き込みが見えた気もするが無視だ無視。
他にも元は人間だとか、男だったかもしれないから気をつけろとか貞操の危機だとか。
「いや、今はただの熊じゃん」
何の心配をしているんだろう、こいつらは。
私は部屋の片隅に置いてあるダンボール箱の中からネットの通販サイトで購入した日本製N95マスクをひとつ取り出し、顔に装着してオーグマーの後ろからディスプレイを覗き込んだ。
メモ帳という枠の中に一定の文章が出来上がっていた。
えーと、何々。
“これまでの僕の行動で気づいている方もおられると思うが、僕は巷で流行りの転生者というものらしい“
その文章を読んで、私はあーやっぱりと納得した。
ディスプレイ上を流れる視聴者からの文章が爆発的に増加する。
というか、文字が多すぎてメモ帳の文章が読めないんだけど。
仕方がないので表示方法を切り替えることにした。
視聴者参加型の動画視聴はお父さんから習っていたから、このスタイルが好きだったんだけどな。
私がマウスでちょちょいと操作すると、画面上を流れていた文字列が左端に寄せられ、下から上へ流れていくスタイルに切り替わった。
うん、これで良し。
相変わらず視聴者の書き込みが多すぎて、物凄い勢いでコメントが流れていくので読む事ができないけれど、少なくともメモ帳の文章が読めるようになったのは良い事だ。
オーグマーが前世の経験でキーボードの配列を記憶しているのもあるのだろうけど、二本の爪で打ち込むのにも慣れてきたのか速度が徐々に上がってきている。
“まず最初に謝らせてもらおう、山のどんぐりが不足してお腹が空いてたまらなかった。この家に入ったのはたまたまだ。玄関の鍵がかかっていなかった“
おいお父さん、散々私に戸締りをしておくようにと言っておいて、うっかり鍵をかけ忘れて外出するなんて何考えてんの?
画面上のコメント欄におい親父、とか今回に限ってはナイスアシストだとか人類史に刻まれるビッグニュースだぜとか流れていく。
いやまあ、私もそのコメントには同意するけど。
「みんな他人事だからって面白がってない?」
:ははは、まさかそんな
:そんなことないよ?
:さあさあ、続きをどうぞ
絶対楽しんでるだろ、こいつら。
そんな会話を視聴者たちとしているとオーグマーが次の文章を完成させていた。
“町並みを見て ここが現代の日本だと確信した
どうせ飢え死にするのならどこかのお店や家に侵入して食い物をたらふく食べてから死にたかった
どのみち人間に見つかったら猟友会に撃ち殺されるだろうからな“
うーん、結構切実だったんだね。
「で、オーグマーはこれからどうしたいの?」
“できれば殺さないでほしい生き抜きたい“
まあ、そうだよね。
しかし、生まれ変わった先が熊か。人生ハードモードってやつだよね。
どうしようかな、熊だから射殺対象になるんだけども人間と意思疎通ができるから動物園行きなのかな。
そんな事をつらつらと考えていると、画面端の同接数に目が止まった。
その数、100万。
私の心の中の天秤がオーグマーに対する同情よりも突如湧いた金銭欲が肥大したちまち逆転する。
「ねえオーグマー、提案があるんだけど。私と一緒にYouTuberになってみない?」
オーグマーの頭が私に向く。じっと私を見つめた後、キーボードに向かい文字を打つ。
“いやそれは願ったり叶ったりだが、いいのか?“
傍目から見てオーグマーは戸惑っていたが私は彼の両肩に手を乗せると真正面から目を合わせる。
「私、今無職なの。そんな私に金づるが現れた。これはチャンスなのよ!」
その言葉を聞いたオーグマーの目が心なしか死んだように見えた。
うん、ごめん。心にも無い事を言った自覚はあるけど私も収入源を獲得したいんだ。
:身につまされる話だな
:やっぱりどんぐりが不足していたか
:本人が証言してるんだしな
:地域住民の同意もなしに山林を伐採してメガソーラーを設置する悪徳業者も大概だけどな
:見たところ生まれてから1年も経っていないような?
:ツキノワグマは通常半年で親離れさせられる。そこからたった1匹で生きていかなくちゃならない
:つまり?
:母熊が死んだのかも
:親無しか、悲しいな
:お?
:かなちゃん今いいこと言った
:なるほど
:確かにYouTuberになれば
:俺らとも意思疎通は可能なようだし
:上手くいけば殺処分は免れるか
:かなちゃん優しいな
:ちょw
:言い方w
:金づるw
:いくら何でも酷くない?
:自称無職って言ってんだから本当なんだろう
:先立つものにお金が必要だって言うのは分かるがね
:それにしたって
:なあ
:むしろ俺はかなちゃんのこういうところ好きだぞ
:自分に正直に生きてるからな
:表面を取り繕われるよりはまだマシ
:それはそう
:別名開き直りとも言う
:欲望丸出しとも
:容赦ねえなw
:お前言うてはならんことをw
外野が随分と好き勝手言ってくれるじゃない。まあ正しいから反論しない。
「それでどうするの?」
しばらく無言でいたオーグマーがキーボードを打ち込む。
“致し方ない、世話になる“
決まりだ。
嬉しくなって笑みがこぼれてしまう。
「そう。じゃあ今のこのチャンネル名も変更しないとね。かなちゃんとマスコットのオーグマーチャンネルでどうかしら?」
“マスコット?相棒ではなく?“
どうやらこの転生熊はまだ己の立場を理解していないようだ。私はため息を吐いて優しく語りかける。
「あのね? この家の家主はお父さんだけど、この部屋の主は私。あなたは居候。お分かり?」
“む。それを言われるときついな“
あっさり引き下がったオーグマーを見ておや、と意外に思う。
随分と聞き分けが良いな。
もしかして、きちんと理屈を話せば理解してくれるタイプかな?
再びキーボードを打つ彼を見ながら私はそう思った。
ある日♪家の中♪熊さんに♪出会った♪(絶望 塚山 泰乃(旧名:なまけもの) @wbx593uk3v2mihi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ある日♪家の中♪熊さんに♪出会った♪(絶望の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます