第2話 後継者

 英雄が死んだ。

 この事実は、世界を絶望させるには充分すぎる。

 かく言う僕も、その現実を受け入れられずにいた。


「クラルス。三日も部屋に籠っているのよ。いつまでそうしているの?」

 魔法の練習をサボったのはあの時以来か。でも、今は何もする気が起きない。

 僕の中で、オーディンは父親も同然だった。

 それなのに、僕は何も気づけなかった。

 なぜ彼は、なんてしたのだろう。

 正直、信じられない。記事にはそう書いてあったが、それを鵜呑みにしてもいいのだろうか? もしかしたらオーディンはまだ生きてるのかもしれない。

 ……それはただの願望だ。

 もう何も考えたくない。


 その時、扉から大きな音がした。

「降りてきなさい。話さないといけないことがあります」

 振り返ると、母が扉を蹴破っていた。


「なんだよ。話って」

 母は深刻そうに口を開いた。

「あなたが知らないといけないことを二つ話します。あなたが知るのも時間の問題だから、せめて、私の口から説明するわ。まず一つは、オーディンがあなたの父親だということです」

「は?」

 そんなわけない。オーディンの息子が、こんな僕なわけがない。嘘だ。絶対に嘘だ。


「考えてみなさい。世界でたった一人の英雄が、わざわざ他人の子供に構う意味がありますか? ありません。彼は英雄であると同時に、クラルスの父親なんです」

 母の声は震えていた。

 ……そうだ。オーディンが死んで辛いのは僕だけじゃなかった。

「話を続けます。オーディンは死にました。つまり、この世界は英雄、魔物に対抗する戦力を失ったということです。誰かが代わりにやらなければいけない。それが誰かわかりますね」


 僕は家を飛び出した。母から逃げるため。そして、責任から逃げるため。

 母は大人だ。オーディンの死に悲しんでいるはずなのに、現実をしっかりと見ている。

 オーディンの為、僕の為。それは分かっている。これを伝えることが母の責務だということも。

 それでも、僕には背負うことができない。

 誰よりも近くで見ていたからわかる。あれは真似できるものじゃない。


 僕には才能がない。

 肌で感じる。

 努力では埋まらない差だ。

 本当に、オーディンの血がこの体を流れているのか?

 信じたくない。


「あら、クラルス君じゃないの! こんな朝早くから偉いわね~。 流石未来の英雄!」

「世界の命運を託されちゃ、仕方ないわよね~。お父さんを越えられるように頑張りなさいよ! おばさんも応援してるわね」


 僕はまた、逃げ出した。

 何で知ってるんだ?

 母が皆にも言ったのか?

 いや、母はそんなことをする人じゃない。

 最初からだ。

 この人たちは最初から知っていたんだ。


 奴らの目からは、「英雄の息子」としか見えていなかったんだ。

 これは逃れられないのか?

 僕はレールの上を歩かされていただけなのか?

 全員僕を騙してたんだ。


 気持ちが悪い。

 全員が僕に期待している。それが当たり前かのように。

 今すぐこの体をめぐっている血を抜き取りたい。

 一滴残らず。


 もし、僕が英雄にならなかったらどうなるんだろう?

「オーディンの子孫、責任を放棄」「英雄の息子、世界を見捨てる」「オーディンの唯一の子孫が、世界を救う希望が、才能の欠片もない、ただの凡人だった」

 責任を放棄したい。世界のことなんてどうでもいい。僕はただの凡人だ。


 でも、僕が何もしないことで、オーディンの名誉が傷つく。

 僕が凡人なばっかりに、オーディンがその苦汁を飲むことになる。

 そんなこと、僕が許さない。

 最初から逃げ道なんてなかった。


 きっとオーディンも、才能に目を付けられ、言われるがままに魔王を討伐して、英雄というプレッシャーに押しつぶされたんだ。

 これは魔物が駆逐されるまで終われない、負の連鎖だ。

 僕は強くならないといけない。

 世界のためなんかじゃない。

 僕の責務だ。




 家に帰ると、荷物が届いていた。

 開封すると、生前にオーディンが身に付けていた装備が入っていた。

 立ち止まるな。

 考えるな。

 前に進め。

 少しでも彼に追いつくために。

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凡人クラルスの英雄録 清水ハルイチ @siwomizu

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