第2話 汝、『憐人』を愛せるか?

 

 『憐人りんじん

 ペットがいきなり人間の姿になった存在。憐人がいつからこの世に現れたのか、というのはいまだにわかっていないらしい。たぶん記録に残っていないくらい、はるか昔から存在していたのだろう。

 千年以上も昔は『動物愛護』なんて言葉はなかっただろうし、動物から姿を変えた『憐人』に人権などなかっただろう。まるで奴隷みたいな扱いを受けていた、なんて話を学生時代の授業で聞いた記憶がある。

 そんな『憐人』に対する扱いが変わったのは江戸時代。 まるでモノのように使われる憐人を憐れに思ったとある将軍様が、『生類憐みの令』とかいう法律を作ったのだ。将軍様は憐人にヒトと同じように戸籍を与え、憐人を粗末に扱う者には厳しく処罰したという。そんな将軍様は、憐人の扱いを変えた偉人として今でも語り継がれている。

 とまあ、これは義務教育の授業で、この世界では誰でも教わる話。今は歴史の復習なんかしている場合じゃない。とりあえず自分が今まずやらないといけないことは――。

「寒かったろ、ほったらかしにして悪かった」

 素っ裸の少女をそのままにしておくわけにもいかず、とりあえず毛布で体を包んでやることにする。毛布越しに体に触れた瞬間、びくりと彼女は体を震わせた

 白いまつげ。怯えたように震える瞳。この子はいつ憐人になったのだろうか。母さんが亡くなって家を空けたのは3日前。もし家を空けた日に憐人になっていたとしたら、3日間何も食べていないことになる。

「おい、腹減ってないか? 何か暖かいものでも食べるか」

 俺の務める介護施設にも、インコから憐人になった子がいる。ペットだったころの主食が食べ物の好みに反映されることはあるが、基本的には人間と同じものを食べているそうだ。

 こちらの問いかけに返事はない。とりあえず、温かくて消化のいいものでも作るか。そう思ってキッチンに向かおうと、彼女に背を向けたその時だった。

「……ごめんなさい」

 消えてしまいそうな、弱々しい声。その声に立ち止まらずにはいられなかった。

「もう鳥かごをよごしたりしません」

「鳴き声であなたを困らせたりしません」

「おねがい、おねがい。どうか――お父さんみたいに、わたしのことを――」

 呪いのように少女は自分自身を責め続ける。自らの頭をかきむしるたびに、髪の毛に混じった羽が舞い落ちた。

「おい、落ち着けってば!」

 とっさに彼女を抱きしめていた。理由なんてないし、考える余裕もなかった。少しでも安心して落ち着かせるためには、こんなことくらいしかできないから。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 がくり、少女の体から力が抜ける。俺が戻ってくるまで泣いていたのか、目元は真っ赤になっていた。

 抱きかかえてベッドに寝かせる。念のため脈と呼吸を確かめたけれど、問題はなさそうだ。

――とりあえず、これからどうすりゃいい?

 母さんの葬儀と片づけやら手続きやらのために一週間休みはもらっているが、片づけなんてしている場合ではなくなってしまった。この少女をどうするか考えないと。まずは役所に届け出か、それとも先に職場に連絡しておくべきか。

 どちらが先か迷って、とりあえず市役所のホームページに何か説明が書かれていないか調べてみることにした。

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飼ってるペットが人間になる世界 episode2 まる @6star

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