第22章 仲間の覚悟

最後の一週間が始まった。


塔の高さは二百七十メートル。残り三十メートル。


しかし、魔王軍の攻撃は、日に日に激しさを増していた。


飛行魔物の数は、初日の倍以上になっていた。空を埋め尽くすほどの群れが、絶え間なく塔を襲う。


王国軍は必死に防戦していたが、犠牲者は増え続けていた。


「レオンハルト副長が負傷しました!」


報告が入った。


「重傷ですが、命に別状はありません!」


「そうか……」


蒼太は足場の上で、拳を握りしめた。


戦闘は、軍に任せるしかない。自分にできるのは、建てることだけだ。


「作業、続けろ! 手を止めるな!」


蒼太の声が、現場に響いた。


作業員たちは、恐怖と疲労を抱えながら、それでも手を動かし続けた。


    *    *    *


五日目の夜。


塔の高さは二百九十メートルに達していた。


あと十メートル。


しかし、その十メートルが、途方もなく遠かった。


「ソウタ! 大変だ!」


ゴルドが駆け寄ってきた。


「どうした」


「西側の城壁が破られた! 魔物が侵入してきてる!」


蒼太は塔を見上げた。


西側——ちょうど、足場の最上部に繋がる方向だ。


「まずいな……」


「俺が行く」


ゴルドが言った。


「何?」


「俺とドワーフたちで、西側を守る。お前は建設に集中しろ」


「馬鹿言うな。お前らは職人だ。戦闘員じゃねえ」


「職人だからこそ、だ」


ゴルドは蒼太を真っ直ぐに見た。


「この塔は、俺の石でできてる。俺の仕事を、魔物なんかに壊されてたまるか」


「ゴルド……」


「心配するな。死ぬ気はねえ。ただ、時間を稼ぐだけだ」


ゴルドは斧を担いだ。


「お前は、塔を建てろ。俺たちが帰ってくるまでに、完成させてくれ」


「……分かった」


蒼太は頷いた。


「必ず、完成させる。だから、お前も必ず戻ってこい」


「当然だ。俺の石積みを、お前に見届けさせないわけにはいかんからな」


ゴルドは不敵に笑い、走り去っていった。


ドワーフたちが、その後に続く。


蒼太は、その背中を見送った。


「……頼むぞ、ゴルド」


    *    *    *


西側の城壁付近。


ゴルドとドワーフたちは、侵入してきた魔物と対峙していた。


オーク、ゴブリン、トロール。様々な種類の魔物が、城壁の破れ目から押し寄せてくる。


「来い、魔物ども!」


ゴルドは斧を振り上げた。


「俺の石を壊させるものか!」


ドワーフたちは、石工の道具を武器にして戦った。


ハンマーが魔物の頭蓋を砕き、鑿が魔物の喉を貫く。


「退け! 退け!」


ゴルドは最前線で戦い続けた。


しかし、魔物の数は多すぎた。


一体倒しても、二体が現れる。二体倒しても、四体が現れる。


「くそっ……キリがねえ……!」


ドワーフたちは、徐々に押されていった。


その時だった。


「援護する!」


バルトの声が響いた。


獣人たちが、背後から駆けつけてきた。


「バルト!」


「遅くなった! リーナから聞いて、すぐに来た!」


バルトは巨大な丸太を振り回し、魔物の群れを薙ぎ払った。


「ゴルド、無事か!」


「見ての通りだ! 助かった!」


ドワーフと獣人が、肩を並べて戦った。


かつては敵同士だった種族が、今は同じ目的のために戦っている。


「絶対に、通さねえ……!」


ゴルドは叫んだ。


「ソウタが塔を完成させるまで、一歩も引かねえ……!」


    *    *    *


戦闘は、熾烈を極めた。


ドワーフも獣人も、傷を負いながら戦い続けた。


しかし、限界は近づいていた。


「ゴルド! 後ろ!」


バルトが叫んだ。


ゴルドが振り向くと、背後から一体の魔物が迫っていた。


翼を持った魔物。ガーゴイルだ。


鋭い爪が、ゴルドに向かって振り下ろされる。


避けられない。


その瞬間——


ゴルドは、塔の方を見た。


蒼太の姿が、足場の上に見えた。


必死に作業を続けている。


あと少しで、完成する。


「……俺の仕事は、お前を守ることだ」


ゴルドは呟いた。


「ソウタ……お前を、死なせるわけには……いかん……!」


ゴルドは身体を捻り、爪を避けようとした。


しかし、完全には避けられなかった。


爪が、ゴルドの背中を深く抉った。


「ぐっ……!」


ゴルドは膝をついた。


血が、地面に広がっていく。


「ゴルド!」


バルトが駆け寄り、ガーゴイルを蹴り飛ばした。


「しっかりしろ! ゴルド!」


「……大丈夫だ……これくらい……」


ゴルドは立ち上がろうとしたが、脚が震えて動かなかった。


「くそっ……身体が……」


「動くな! 傷が深い!」


バルトはゴルドを抱え上げた。


「撤退だ! 全員、後退しろ!」


獣人たちがゴルドを囲み、後退を始めた。


ゴルドは朦朧とした意識の中で、塔を見上げた。


「ソウタ……頼んだぞ……」


    *    *    *


報告は、すぐに蒼太の元に届いた。


「ゴルドが重傷!?」


「はい。背中を深く斬られました。今、医療班が手当てしていますが……」


エドの声が震えていた。


蒼太は、塔を見上げた。


あと五メートル。


あと少しで、完成する。


「……ゴルド」


蒼太の目から、涙が溢れた。


「馬鹿野郎……何で、お前が……」


しかし、手は止められない。


止めたら、ゴルドの犠牲が無駄になる。


「作業、続ける」


蒼太は涙を拭い、足場を登った。


「ソウタさん……」


「俺は大丈夫だ。お前らも、手を止めるな」


蒼太の声は、震えていた。しかし、強さがあった。


「ゴルドは、俺たちを守るために戦った。俺たちは、ゴルドのために建てる。それだけだ」


作業員たちは、頷いた。


「へい!」


作業が再開された。


蒼太は足場の最上部に立ち、作業を続けた。


涙が頬を伝う。


しかし、手は止まらない。


「ゴルド、見てろ」


蒼太は呟いた。


「お前の石の上に、俺が塔を建ててやる」


    *    *    *


六日目の朝。


ゴルドは、医療テントで目を覚ました。


「……ここは……」


「ゴルド! 気がついた!」


リーナの声が聞こえた。


「リーナ……俺は……」


「大丈夫よ。傷は深かったけど、命に別状はない」


リーナはゴルドの手を握った。


「あなたは、皆を守った。立派だったわ」


「……塔は」


「あと三メートルよ。今日中に、完成する」


ゴルドは、ホッとした表情を浮かべた。


「そうか……間に合うのか……」


「ええ。ソウタが、必死に頑張ってる」


ゴルドはテントの外を見た。


塔の先端が、空に向かって伸びている。


あと少しで、天に届く。


「ソウタ……」


ゴルドは呟いた。


「お前なら、やれる。俺は、信じてる」


    *    *    *


同じ頃、リーナは足場の中腹で作業を続けていた。


木材の補修、接続部分の強化。塔が高くなるにつれて、足場にかかる負荷も増していた。


「リーナ様! あそこ、緩んでます!」


「分かった。すぐに直す」


リーナは素早く移動し、緩んだ接続部分を修復した。


高さは百五十メートル。


普通のエルフなら、恐怖で動けなくなる高さだ。しかし、リーナは平気だった。


蒼太と一緒に働いているうちに、高所に慣れていた。


「リーナ様、すごいですね。全然怖くないんですか」


「怖いわよ。でも、やらなきゃいけないから」


リーナは足場を見回した。


「ソウタが教えてくれたの。『怖いのは普通だ。でも、怖いまま動けるようになれ』って」


「ソウタさんらしいですね」


「ええ」


リーナは塔を見上げた。


最上部で、蒼太が作業を続けている。


「私も、最後まで頑張らなきゃ」


    *    *    *


バルトは、西側の防衛線で戦い続けていた。


ゴルドが倒れた後、獣人たちが防衛の主力になっていた。


「押し返せ! 一歩も引くな!」


バルトの声が響く。


獣人たちは、疲労と傷を抱えながら、それでも戦い続けた。


「ボス! もう限界です!」


「限界? 限界なんてねえ!」


バルトは魔物を殴り飛ばしながら叫んだ。


「俺たちは、ソウタに居場所をもらった! 仲間として認めてもらった!」


「……」


「だから、俺たちは戦う! ソウタの塔を守るために!」


獣人たちの目に、光が戻った。


「へい、ボス!」


「塔を守れ! ソウタを守れ!」


獣人たちは、再び立ち上がった。


バルトは塔を見上げた。


「ソウタ……あと少しだ……頼むぞ……」


    *    *    *


六日目の夕方。


塔の高さは、二百九十八メートルに達していた。


あと二メートル。


「もう少しだ……!」


蒼太は足場の最上部で、最後の柱を運んでいた。


風が強い。足場が揺れる。


魔物の攻撃も、激しさを増していた。飛行魔物が、何度も塔に接近してくる。


しかし、蒼太は止まらなかった。


「来るなら来い!」


蒼太は叫んだ。


「俺は、建てる! 何があっても、建てる!」


最後の柱が、定位置に設置された。


あと一メートル。


「神器を! 神器を持ってこい!」


蒼太の声が、下に響いた。


エドが、金色の鍵を持って登ってきた。


「ソウタさん! これが、天地の鍵です!」


「よし……」


蒼太は鍵を受け取った。


重い。そして、熱い。


鍵から、不思議な力を感じた。世界の根幹に繋がるような、途方もない力。


「これを、頂上に置けばいいんだな」


「はい。設計図によると、最上部の中央に、設置台があるそうです」


「分かった」


蒼太は、最後の足場を登り始めた。


三百メートルの高さ。


風は、もはや暴風に近かった。身体が吹き飛ばされそうになる。


しかし、蒼太の足取りは確かだった。


十年間、高所で鍛えた身体。無数の現場で磨いた技術。


それが、今、蒼太を支えていた。


「俺は鳶だ」


蒼太は呟いた。


「高いところは——」


最上部に到達した。


「俺の庭だ」


【第22章 完】

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