第17章 職人たちの絆
塔の高さが百二十メートルを超えた頃。
建設は順調に進んでいた。魔王軍の妨害は続いていたが、夜間警備と応急補修班の活躍で、大きな被害は防げていた。
ある日の夕方。
作業が終わり、蒼太は現場の片隅で一人、空を見上げていた。
「何を考えている」
声がして、振り返ると、ゴルドが立っていた。
「いや、別に。ただ、ここまで来たなって思ってただけだ」
「ふん。まだ半分にも達していないぞ」
「分かってる。でも、最初に来たときのことを思い出すとな」
蒼太は笑った。
「あの頃は、何もかもが分からなかった。この世界のことも、お前らのことも。俺は一人で、どうすればいいか分からなかった」
「今は違うのか」
「ああ、違う」
蒼太はゴルドを見た。
「今は、仲間がいる」
ゴルドは暫く黙っていた。
やがて、ぶっきらぼうに言った。
「……認めてやる」
「何を」
「お前は、本物の職人だ」
蒼太は目を見張った。
「最初に会ったとき、俺はお前を舐めていた。人間如きに、何が分かるとな」
「覚えてるよ。門前払いされたからな」
「だが、お前は俺の石の欠陥を見抜いた。俺が何十年もかけて磨いた目を、お前のスキルは一瞬で超えた」
ゴルドの声には、悔しさと、敬意が混じっていた。
「それでも、俺は認めたくなかった。スキルに頼っているだけだと、思いたかった」
「……」
「だが、一緒に働いてみて分かった。お前は、スキルだけの男じゃない」
ゴルドは蒼太を真っ直ぐに見た。
「お前は、仲間を大事にする。自分より、仲間を優先する。危ないときは、自分が先に行く。それは、スキルじゃない。お前自身の、人間としての強さだ」
蒼太は何も言えなかった。
「だから、認めてやる。お前は、本物の職人だ。俺が——友として認める、最初の人間だ」
ゴルドは手を差し出した。
蒼太は、その手を握った。
「ありがとう、ゴルド。俺も、お前を友だと思ってる」
二人は、固い握手を交わした。
* * *
別の日。
蒼太は、木材置き場でリーナと話していた。
「この木、いい木だな。どこから持ってきた」
「森の北側よ。間伐したときに、特に良い木を選んでおいたの」
リーナは微笑んだ。
「あなたとの約束を、守っているわ。使った分だけ、植林している」
「ありがとう。助かる」
「お礼を言うのは、私の方よ」
リーナは蒼太を見た。
「あなたのおかげで、私は大切なことに気づいた」
「大切なこと?」
「森を守ることだけが、正しいわけじゃないって」
リーナは木材を撫でた。
「私は、森を傷つける建設は悪だと思っていた。でも、あなたは違う考えを教えてくれた」
「間伐の話か」
「ええ。弱い木を切ることで、強い木が育つ。森全体が、健康になる。それは、私たちエルフも知らなかった知恵だった」
リーナは蒼太を見上げた。
「あなたと働けて、私は幸せよ」
「……そうか」
蒼太は照れくさそうに頭を掻いた。
「俺も、お前と一緒に働けて良かったと思ってる」
「……本当?」
「ああ。お前の木工技術は、大陸一だ。お前がいなけりゃ、足場はここまで組めなかった」
リーナの頬が、ほんのり赤くなった。
「……ありがとう」
二人は、暫く無言で並んで立っていた。
夕日が、二人を照らしていた。
* * *
さらに別の日。
蒼太は、運搬作業の現場でバルトと話していた。
「お前らの働きには、いつも感謝してる」
「当然のことをしているだけだ」
バルトは大きな石を軽々と担ぎながら答えた。
「でも、最初の頃とは、ずいぶん変わったな」
「何が」
「お前らの表情だ。前は、いつも暗かった。今は——」
蒼太は、周囲で働いている獣人たちを見た。
彼らは、笑顔で作業をしていた。冗談を言い合い、互いに声をかけ合いながら。
「今は、楽しそうだ」
「……ああ」
バルトは石を下ろした。
「お前の現場は、俺たちの居場所だ」
「居場所?」
「俺たちは、ずっと居場所がなかった。人間に見下され、使い捨てにされ、どこにも属せなかった」
バルトの声は、静かだった。
「でも、お前は違った。俺たちを仲間と呼び、対等に扱った。同じ報酬を払い、同じように接してくれた」
「当然のことだろ。同じ仕事をしてるんだから」
「それが、当然じゃなかったんだ。俺たちにとっては」
バルトは蒼太を見た。
「だから、感謝してる。お前が、俺たちに居場所をくれた」
「……」
「俺たちは、お前のためなら、命を賭ける。それだけは、覚えておけ」
蒼太は、静かに頷いた。
「ありがとう、バルト。でも、命を賭けるような真似はするなよ。全員、生きて帰るのが目標だからな」
「分かってる。だが、いざというときは——」
「いざというときも、だ。死んでいい奴なんていねえ」
バルトは暫く蒼太を見つめた。
やがて、小さく笑った。
「……お前らしいな」
「俺らしいって何だよ」
「いつも、仲間のことを最優先にする。自分のことは後回し。それが、お前だ」
「別に——」
「否定するな。俺たちは、皆そう思ってる」
バルトは蒼太の肩を叩いた。
「だから、俺たちはお前についていく。この塔が完成するまで、いや、その先も」
蒼太は、何も言えなかった。
ただ、胸が熱くなるのを感じていた。
* * *
その夜。
蒼太は宿舎の外で、一人で空を見上げていた。
現代日本にいた頃、こんな気持ちになったことがあっただろうか。
仕事はあった。技術もあった。しかし、本当の意味での仲間は、いただろうか。
いや、いなかったわけではない。現場には、気の合う先輩や後輩がいた。飲みに行ったり、愚痴を言い合ったり。
でも、今のような——命を預け合うような——そんな関係は、なかったかもしれない。
「親父」
蒼太は呟いた。
「俺、いい仲間を見つけたよ」
空には、星が瞬いていた。
「この世界に来て、良かったのかもしれねえ」
蒼太は、静かに微笑んだ。
明日も、仲間と一緒に、塔を建てる。
それが、今の蒼太にとって、何よりの幸せだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます