第16章 スキルの覚醒
二週間の安全管理期間が終わり、建設が再開された。
現場の空気は、以前とは明らかに違っていた。
朝礼での確認事項が増え、安全装備の点検が厳格になり、天候チェックが徹底された。作業員たちは、最初は面倒くさそうにしていたが、マルコの事故を目の当たりにした後では、誰も文句を言わなくなった。
「今日の天気は晴れ。風速三メートル以下。作業に支障なし」
エドが報告する。
「よし。じゃあ、作業開始だ。足元に気をつけろ」
「へい!」
作業員たちが散っていく。
蒼太は足場に登り、最上部に向かった。
塔の高さは、現在八十五メートル。三百メートルの目標まで、まだ三分の一に届いていない。
「先は長えな……」
蒼太は呟きながら、足場の点検を行った。
縄の締まり具合、木材の状態、接続部分の緩み。【匠の手】を使えば、触れるだけで構造物の状態が分かる。異常があれば、すぐに対処できる。
「ソウタ」
声がして、振り返ると、ゴルドが登ってきていた。
「珍しいな、お前が高いところに来るなんて」
「ふん。たまには現場を見てやろうと思っただけだ」
ゴルドは足場の上をぎこちなく歩きながら、周囲を見回した。
「……相変わらず、よくこんな高いところで平気でいられるな」
「慣れだよ。十年もやってりゃ、地上と変わらねえ」
「信じられん」
ゴルドは足元を見て、顔を顰めた。
蒼太は笑った。
「お前、意外と高いところ苦手なんだな」
「うるさい。俺は地面の下で働くのが専門だ。空の上は管轄外だ」
「そうかそうか」
蒼太は塔の石壁に手を当てた。
【匠の手】が起動する。
「……いい仕事だな、ゴルド。石の配置、完璧だ。継ぎ目も均一で、強度に問題ない」
「当然だ。俺の石積みに、妥協はない」
ゴルドは誇らしげに胸を張った。
「だが——」
蒼太は眉を顰めた。
「何か、変な感触がある」
「変な感触?」
「うまく言えねえけど……塔全体に、何か力がかかってる気がする。下から上に向かって、引っ張られてるような」
ゴルドは首を傾げた。
「俺には分からん。お前の【匠の手】で、何か見えるのか」
「見えるっていうか……感じる、かな。まあ、気のせいかもしれねえ」
蒼太は手を離した。
その時だった。
視界に、光が走った。
『スキルレベルアップ』
『【匠の手(クラフトマンズ・ハンド)】Lv.3 → Lv.4』
『新能力「共鳴」を獲得しました』
半透明の板が、宙に浮かんでいる。ステータス画面だ。
「……レベルアップ?」
蒼太は目を見開いた。
スキル説明を見る。
【匠の手(クラフトマンズ・ハンド)】Lv.4
・建設作業における精度と速度が大幅に向上する
・触れた構造物の強度を詳細に感知できる
・一定範囲内の仲間の技能を一時的に底上げする(効果増加)
・構造物を介した攻撃・防御の精度が向上する
・【新規】共鳴:触れた仲間の技能を、一時的に自分と同レベルまで引き上げる
「共鳴……」
蒼太は呟いた。
「どうした、ソウタ」
「いや、スキルがレベルアップしたみたいだ」
「レベルアップ?」
「ああ。新しい能力が増えた。『共鳴』ってやつ」
蒼太は説明を読み直した。
「触れた仲間の技能を、一時的に自分と同レベルまで引き上げる……」
「どういう意味だ」
「つまり——」
蒼太は考えた。
「俺が誰かに触れると、その人の技術が、一時的に俺と同じレベルになる、ってことか?」
「お前と同じレベル……」
ゴルドは首を傾げた。
「試してみるか」
蒼太はゴルドの肩に手を置いた。
何も起きない。
「……駄目か」
「いや、待て」
ゴルドが目を見開いた。
「何か……変な感覚がある」
「変な感覚?」
「頭の中が……クリアになったというか……石の配置が、見えるようになったというか……」
ゴルドは自分の手を見つめた。
「試していいか」
「何を」
「石を積んでみる」
ゴルドは足場を降り、建設中の塔の最上部に向かった。蒼太も後を追う。
ゴルドは石を一つ持ち上げ、配置した。
「……驚いた」
ゴルドの声が震えていた。
「何が」
「今まで、俺は自分の目と経験で石を積んできた。それが、今は——」
ゴルドは石に触れた。
「石の内部が、見える。密度の分布、亀裂の位置、最適な配置角度。全部、頭の中に流れ込んでくる」
「それは——」
「お前の能力だ。【匠の手】の、構造物感知能力」
蒼太は驚いた。
「俺の能力が、お前にも使えるようになってるのか」
「一時的に、だが……これは凄い」
ゴルドは次々と石を配置していった。その動きは、いつもより明らかに速く、正確だった。
「効率が、倍以上になっている。いや、三倍か」
しかし、数分後。
ゴルドの動きが、止まった。
「……消えた」
「消えた?」
「能力の感覚が、消えた。元に戻った」
蒼太は考えた。
「一時的、か。時間制限があるみたいだな」
「それでも、これは凄い能力だ。お前が触れている間、仲間の技術が大幅に向上する」
「問題は、触れてなきゃいけないってことだな。作業中ずっと触ってるわけにはいかねえ」
「……確かに」
二人は顔を見合わせた。
「でも、使い方次第では——」
蒼太は考えを巡らせた。
「例えば、難しい作業の直前に触れて、能力を付与する。効果が持続している間に、作業を完了させる」
「可能か?」
「やってみなきゃ分からねえ」
蒼太はニヤリと笑った。
「面白くなってきた」
* * *
翌日から、蒼太は新しい能力の検証を始めた。
まず、効果時間。
蒼太が仲間に触れてから、能力が消えるまでの時間を測定した。結果、約五分。これは誰に対しても同じだった。
次に、効果範囲。
「共鳴」は、蒼太が直接触れた相手にのみ発動する。離れていても効果が及ぶわけではない。
そして、効果の程度。
これは、相手によって異なることが分かった。
元々技術が高い者(ゴルドなど)は、蒼太の能力が加わることで、さらに精度が上がる。しかし、元々の技術が低い者(新人作業員など)は、蒼太と同じレベルの技術を一時的に獲得できる。
「つまり——」
蒼太は分析した。
「元々上手い奴には、錦上添花。下手な奴には、底上げ。どっちにしても、プラスになる」
「すげえ能力だな……」
エドが感嘆した。
「でも、俺一人じゃ限界がある。五分しか持たねえし、触れた奴にしか効かねえ」
蒼太は考えた。
「重要な作業の時だけ、使うようにしよう。例えば、高所での精密作業とか、危険な場所での組み立てとか」
「分かりました」
実際に使ってみると、効果は絶大だった。
難しい接続作業を行う作業員に「共鳴」を付与すると、普段は三十分かかる作業が、十分で完了した。
危険な高所作業を行う作業員に「共鳴」を付与すると、安定感が増し、事故のリスクが大幅に減った。
「これなら——」
蒼太は塔を見上げた。
「建設のペースを、上げられる」
* * *
新能力の活用により、塔の建設は加速した。
一週間で五メートルだった進捗が、七メートル、八メートルと伸びていく。
「いい調子だ」
蒼太は満足げに呟いた。
しかし、同時に疲労も蓄積していた。
「共鳴」を使うたびに、蒼太自身の体力が削られる。能力の使用回数には限界があり、一日に十回程度が上限だった。それ以上使うと、めまいや吐き気が起きる。
「無理すんなよ、ソウタ」
バルトが声をかけてきた。
「お前、最近、顔色が悪いぞ」
「大丈夫だ。ちょっと寝不足なだけだ」
「嘘をつくな。俺には分かる」
バルトは蒼太を睨んだ。
「お前は、いつも自分を犠牲にする。仲間のためだと言って、自分を追い込む。それは、良くない」
「……」
「お前が倒れたら、現場はどうなる。お前がいなくなったら、俺たちはどうすればいい」
蒼太は黙っていた。
「お前は、俺たちを仲間と呼んだ。だったら、俺たちにも頼れ。お前一人で全部やろうとするな」
バルトの声は、厳しくも温かかった。
蒼太は、小さく笑った。
「……すまねえ。お前の言う通りだ」
「分かればいい」
「明日からは、もう少し休む。約束する」
「約束だぞ」
バルトは満足げに頷いた。
その夜、蒼太は早めに宿舎に戻った。
久しぶりに、ゆっくりと眠りについた。
夢を見た。
父親の夢だった。
足場の上に立つ父親。笑顔で、蒼太を見下ろしている。
「蒼太、お前は立派になったな」
「親父……」
「俺は、お前を誇りに思うぞ」
父親が、手を伸ばしてきた。
蒼太も、手を伸ばした。
指先が触れる——
その瞬間、目が覚めた。
窓から、朝日が差し込んでいた。
蒼太は、自分の手を見つめた。
「……親父」
呟きが、静かに消えた。
今日も、現場が待っている。
蒼太は立ち上がり、作業着に袖を通した。
「よし、行くか」
新しい一日が、始まった。
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