第14章 高所恐怖症の新人
足場の修復が進む中、新しい作業員が配属されてきた。
名はトーマ。十七歳の人間の少年。農村の出身で、戦争で家族を失い、王都に流れてきたという。
「よろしくお願いします!」
トーマは元気よく頭を下げた。痩せぎすで、あまり体力がありそうには見えないが、目には強い意志が宿っていた。
「よし、今日から俺たちの仲間だ。まずは足場の登り方から教えるぞ」
蒼太はトーマを足場に案内した。
「ここが一段目だ。登ってみろ」
「はい!」
トーマは元気よく足場に取り付いた。一段目は問題なく登れた。二段目も大丈夫。しかし、三段目に差し掛かったところで、動きが止まった。
「どうした」
「あの……すみません……」
トーマの声が震えていた。
見ると、顔が真っ青になっている。手は足場を握りしめ、脚はガクガクと震えていた。
「下りられません……」
「……高所恐怖症か」
蒼太は察した。
「は、はい……すみません……自分でも、分かっていたんですが……」
トーマの目から、涙が溢れた。
「俺、役に立ちたかったんです……塔を建てて、世界を救いたかった……でも、やっぱり駄目みたいです……すみません……」
周囲の作業員たちが、困惑した顔で見ている。
「使えねえな」
「高所恐怖症とか、この仕事向いてねえだろ」
「帰したほうがいいんじゃねえか」
否定的な声が上がった。
蒼太は黙って、トーマの元へ登っていった。
「おい、トーマ」
「は、はい……」
「下を見るな。俺を見ろ」
トーマが、恐る恐る顔を上げた。
「いいか、ゆっくり降りるぞ。俺が下で支えてやる。お前は、一段ずつ、足を下ろすだけでいい」
「で、でも……」
「大丈夫だ。俺を信じろ」
蒼太は先に降り、下からトーマを支えた。
「ほら、右足を下ろせ。そうだ。次は左足。いいぞ、その調子だ」
ゆっくりと、トーマが降りてくる。
やがて、地面に足がついた。
「……ありがとうございます……」
トーマは膝から崩れ落ちた。全身が汗でびしょ濡れになっている。
「すみません……俺、やっぱり駄目みたいです……帰ります……」
「待て」
蒼太がトーマの肩を掴んだ。
「どこに帰るんだ」
「え……」
「お前、家族いねえんだろ。帰る場所、あるのか」
トーマは黙った。
「俺は、お前を追い出す気はねえ」
「でも、高いところに登れないんじゃ——」
「現場は、高いところだけじゃねえ」
蒼太はトーマを立たせた。
「いいか、よく聞け。高いところが怖いのは、普通だ。怖くない奴のほうが、よっぽどヤバい」
「え……」
「高所恐怖症ってのは、落ちたら死ぬっていう、正常な感覚だ。それを持ってる奴は、慎重に行動する。だから、むしろ安全なんだ」
トーマは困惑した顔をしていた。
「でも、登れないんじゃ……」
「だから、登らなくていい。お前には、別の仕事を任せる」
蒼太はトーマを資材置き場に連れて行った。
「ここが、うちの資材置き場だ。木材、縄、金具。色々ある」
「はい……」
「今まで、誰かが片手間に管理してたんだが、正直、めちゃくちゃだ。どこに何があるか分からねえし、在庫もちゃんと数えられてねえ」
蒼太はトーマを見た。
「お前、字は読めるか」
「は、はい。村の学校で習いました」
「計算は?」
「得意です」
「よし。じゃあ、お前にここの管理を任せる」
「え……俺に……?」
「在庫を数えて、整理して、記録をつけろ。作業員が必要な資材を取りに来たら、すぐに出せるようにしておけ」
トーマは呆然とした顔をしていた。
「それって……大事な仕事ですか……?」
「当たり前だ」
蒼太は断言した。
「現場は、資材がなけりゃ動かねえ。お前がここをちゃんと管理すれば、作業の効率が上がる。それは、塔の完成を早めることに繋がるんだ」
「……」
「お前にはお前の仕事がある。高いところに登れなくても、お前は役に立てる。分かるか」
トーマの目から、再び涙が溢れた。
しかし、今度は違う涙だった。
「はい……はい! 分かりました! 俺、頑張ります!」
「よし。期待してるぞ」
蒼太はトーマの肩を叩いた。
その日から、トーマは資材置き場に張り付いた。
在庫を数え、分類し、記録をつける。作業員が来たら、必要な資材を素早く渡す。
最初はぎこちなかったが、日が経つにつれて、どんどん上達していった。
「おい、トーマ! 縄が足りねえ!」
「はい、すぐ出します! 予備がここにあります!」
「助かる!」
作業員たちの評価も、変わっていった。
「あいつ、意外と使えるな」
「資材置き場、めちゃくちゃ整理されてるぞ」
「必要なもんがすぐ出てくる。作業が楽になった」
ある日、トーマが蒼太のところに来た。
「ソウタさん」
「何だ」
「ありがとうございます」
トーマは深々と頭を下げた。
「俺、自分は役立たずだと思ってました。高いところに登れないから、何の価値もないって」
「……」
「でも、ソウタさんが、俺の仕事を見つけてくれました。俺にもできることがあるって、教えてくれました」
トーマは顔を上げた。その目には、涙と、強い決意が宿っていた。
「俺、この現場で頑張ります。塔が完成するまで、絶対に辞めません」
蒼太は、トーマの頭を撫でた。
「そうか。頼りにしてるぞ」
「はい!」
トーマは笑顔で走っていった。
蒼太は、その後ろ姿を見送りながら、小さく笑った。
「……いい奴だな」
現場には、色々な人間がいる。
得意なこと、苦手なこと、人それぞれだ。
大事なのは、全員に役割を与えること。誰一人、無駄な人間はいない。
それが、蒼太の信じる現場の形だった。
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