第13章 魔王軍の妨害

塔の高さが五十メートルを超えた頃、異変が起きた。


夜だった。


蒼太は宿舎で眠っていたが、遠くで響く悲鳴に目を覚ました。


「何だ……?」


窓の外を見ると、建設現場の方角から炎が上がっている。


「足場が!」


蒼太は靴を履く間も惜しんで、現場に向かって走り出した。


現場に着くと、そこは地獄絵図だった。


足場の一部が崩壊し、炎に包まれている。作業員たちが逃げ惑い、悲鳴が響き渡る。


そして空には——黒い影が、いくつも旋回していた。


「ワイバーンだ!」


誰かが叫んだ。


魔王軍の飛行魔物。蒼太が以前、砦で見たものと同じ種類だ。ただし、今回は数が違う。五体、いや十体以上いる。


ワイバーンたちは塔の周囲を旋回しながら、足場に火を吐きかけていた。木材が燃え、縄が焼け落ち、構造物が崩壊していく。


「くそっ……!」


蒼太は拳を握りしめた。


一ヶ月かけて組み上げた足場が、目の前で破壊されていく。


「ソウタ!」


ゴルドが駆け寄ってきた。斧を手にしている。


「魔王軍の襲撃だ! 奴ら、塔の建設を妨害しに来やがった!」


「見りゃ分かる! 怪我人は!」


「今のところ、軽傷者が数名。死者はいない」


「よし。全員を安全な場所に避難させろ!」


「お前はどうする!」


「俺は——」


蒼太は燃え盛る足場を見上げた。


「消火だ。足場を全部焼かれたら、一ヶ月分の仕事がパーになる」


「馬鹿言うな! あの火の中に入るつもりか!」


「入らねえよ。でも、延焼を食い止めることはできる」


蒼太は現場を見回した。


足場は、塔を取り囲むように組み上がっている。現在、炎に包まれているのは北側の一角だ。まだ全体には広がっていない。


「あそこの接続部分を外せば、火が広がるのを防げる」


蒼太は指を差した。燃えている区画と、無事な区画の境目。そこには、足場の部材を繋ぐ縄がある。


「あの縄を切れば、燃えてる部分だけ切り離せる」


「だが、あそこに行くには——」


「分かってる。火の近くを通らなきゃならねえ」


蒼太は走り出した。


「待て、ソウタ!」


ゴルドの声を背中に聞きながら、蒼太は足場に取り付いた。


熱い。


炎が近い。髪が焦げる臭いがする。


だが、止まるわけにはいかない。


蒼太は足場を登り、横に移動した。煙が目に染みる。咳が出る。それでも、手を止めない。


接続部分に辿り着いた。


縄が、目の前にある。


蒼太は腰の工具袋からナイフを取り出し、縄を切った。


ブツン、と音がして、燃えている区画が分離された。


「よし——」


その瞬間、頭上から影が落ちてきた。


ワイバーンだ。


蒼太を狙って急降下してくる。


「くそっ——!」


蒼太は咄嗟に身を翻した。ワイバーンの爪が、蒼太のいた場所を掠めていく。


足場が揺れる。バランスを崩しかける。


だが、蒼太は落ちなかった。


十年間、高所で鍛えた身体が、反射的に足場を掴んでいた。


「舐めんな……!」


蒼太は足場を伝って、地上へ降りた。


ワイバーンが再び旋回してくる。今度は火を吐く構えだ。


「ソウタ! こっちだ!」


バルトが叫んだ。


蒼太はバルトの方へ走った。バルトは巨大な盾——どこかから持ってきたらしい——を構えている。


「伏せろ!」


蒼太が飛び込むと同時に、ワイバーンが火を吐いた。


炎がバルトの盾に当たり、左右に分かれて流れていく。


「熱い……! だが、この程度……!」


バルトは歯を食いしばりながら、盾を支え続けた。


炎が止んだ。


蒼太は立ち上がり、空を見上げた。


ワイバーンたちは、まだ旋回を続けている。しかし、攻撃の手は緩んでいた。


「……引き上げるつもりか」


やがて、ワイバーンたちは編隊を組み、北の空へ飛び去っていった。


夜襲は、終わった。


    *    *    *


翌朝、蒼太は被害状況を確認した。


「北側の足場、約三分の一が焼失。塔本体への被害は軽微。怪我人は十二名、うち重傷者なし」


エドが報告した。


蒼太は頷いた。


「不幸中の幸いだな。死者が出なかったのが、せめてもの救いだ」


「ソウタさんが接続部分を切り離してくれなければ、もっと広がっていました」


「当然のことをしただけだ」


蒼太は焼け焦げた足場を見上げた。


一ヶ月分の仕事。それが、一夜で三分の一になった。


「……くそっ」


蒼太は拳を握りしめた。


「ソウタ」


ゴルドが近づいてきた。


「今回は、お前の判断が正しかった。認めてやる」


「……ありがとよ」


「だが、問題は今後だ。奴ら、また来るぞ」


「分かってる」


蒼太は空を見上げた。


魔王軍は、塔の建設を阻止しようとしている。今回は偵察と牽制だったのかもしれない。次は、もっと大規模な攻撃が来る可能性がある。


「対策が必要だ」


蒼太は考えを巡らせた。


「まず、夜間警備を強化する。交代制で見張りを立てて、敵の接近を早期に発見する」


「それだけか?」


「いや。応急補修班も編成する。襲撃を受けても、すぐに修復できるようにしておく」


「攻撃への対策は?」


「……考えてる」


蒼太は足場を見つめた。


直接戦闘は、蒼太の得意分野ではない。しかし、足場の構造を利用した何かができるかもしれない。


「トラップだ」


「トラップ?」


「足場の中に、罠を仕掛ける。ワイバーンが近づいたら、作動するような」


ゴルドは首を傾げた。


「具体的には?」


「まだ考え中だ。でも、何かできるはずだ。俺は戦えねえが、建設はできる。建設の技術で、守りを固める」


ゴルドは暫く蒼太を見つめた。


やがて、小さく笑った。


「……面白い発想だな。職人らしい」


「褒めてるのか」


「褒めてる」


二人は、焼け焦げた足場を見上げた。


「とりあえず、修復から始めるか」


「ああ。やることは山ほどある」


蒼太は作業員たちを集めた。


「聞いてくれ。昨夜の襲撃で、足場の一部が焼けた。だが、塔本体は無事だ。俺たちの仕事は、まだ終わってねえ」


作業員たちは、不安げな顔をしていた。


「魔王軍は、また来る。それは間違いねえ。だが、俺たちは建て続ける。奴らに邪魔されようが、何度でも修復して、何度でも建てる」


蒼太は全員を見回した。


「俺たちは職人だ。戦士じゃねえ。戦うことはできねえ。でも、建てることはできる。それが、俺たちの戦い方だ」


沈黙が流れた。


やがて、ゴルドが声を上げた。


「よし、聞いたな! さっさと作業に戻れ! 時間がねえんだ!」


作業員たちが動き出した。


不安は消えていない。しかし、何かをしなければならないという意志が、彼らを突き動かしていた。


蒼太は空を見上げた。


「来るなら来い」


呟きは、風に消えた。


「俺たちは、建てる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る