第12章 本格着工
塔の本体工事が始まった。
基礎の上に、巨大な石が積み上げられていく。ゴルドの指揮の下、ドワーフたちが精密な作業を続けている。
「そこ、もう少し左だ! 目地を揃えろ!」
「へい、親方!」
石の一つ一つが、寸分の狂いもなく配置されていく。蒼太は【匠の手】で確認しながら、感心した。
「すげえな、ゴルド。完璧だ」
「当然だ。俺の石積みに、妥協はない」
ゴルドは誇らしげに胸を張った。
塔の高さは、日に日に増していった。
一週間で五メートル。二週間で十メートル。三週間で十五メートル。
蒼太は足場を組み続けた。塔の高さに合わせて、足場も上へ上へと伸びていく。
「足元、気をつけろ!」
「縄、しっかり結んでるか確認しろ!」
「風が出てきた! 作業、一時中断!」
蒼太の声が、現場に響く。
作業員たちは、最初は蒼太の細かい指示に戸惑っていた。しかし、安全管理の重要性を理解するにつれて、自ら進んで確認するようになっていった。
「ソウタさん、この縄、少し緩んでます」
「よく気づいた。締め直してくれ」
「この石、ちょっとグラグラするんですが……」
「どれ、見せてみろ。……確かに、これは危ねえ。ゴルド! ちょっと来てくれ!」
現場は、活気に満ちていた。
ドワーフがエルフに作業を教え、獣人が人間の荷物を運び、人間がドワーフの道具を手入れする。種族の壁は、完全になくなったわけではない。しかし、一緒に汗を流す中で、少しずつ溶けていった。
「おい、人間。腹減ったか?」
ゴルドが、若い人間の作業員に声をかけた。
「え、あ、はい……」
「ほら、これを食え。うちのカミさんが作った弁当だ」
「いいんですか?」
「いいから食え。腹が減っては戦はできん」
若い作業員は、照れくさそうに弁当を受け取った。
別の場所では、リーナが獣人の子供に木彫りを教えていた。
「ほら、こうやって、木目に沿って削るの」
「うわー、すごい! リーナお姉ちゃん、上手!」
「あなたも、練習すればできるようになるわ」
バルトが、ぶっきらぼうに言った。
「……うちの子が、世話になってるな」
「いいえ。この子、才能があるわ。将来、いい木工師になれるかもしれない」
バルトは少し驚いたような顔をした。
「……そうか」
現場は、単なる仕事場ではなくなりつつあった。
異種族が共に働き、共に食べ、共に笑う場所。
蒼太は、その光景を見て、静かに微笑んだ。
* * *
塔の高さが三十メートルを超えた頃。
蒼太は、足場の最上部に立っていた。
風が強い。髪が乱れ、作業着がはためく。
しかし、蒼太は微動だにしなかった。
高所には、慣れている。むしろ、心地いい。
「いい眺めだな」
蒼太は呟いた。
眼下に、王都が広がっている。城壁、建物、街路。そして、その向こうには、緑の平野と、青い山々。
「この景色を守るために、塔を建てるのか」
「ソウタさん!」
下から、エドの声が聞こえた。
「何だ!」
「女王陛下が、視察に来られました!」
蒼太は足場を降りた。
現場の入り口に、馬車が止まっていた。
女王アリシアが、護衛に囲まれて降りてくる。
「鷹野蒼太」
「陛下」
蒼太は軽く頭を下げた。
アリシアは塔を見上げ、目を見開いた。
「……これが、天空の塔か」
「まだ、三十メートルしかありません。完成まで、十分の一です」
「十分の一……」
アリシアは暫く塔を見つめていた。
「素晴らしい。正直、ここまで順調に進むとは思っていなかった」
「俺一人の力じゃありません。みんなの力です」
蒼太は周囲を示した。
作業員たちが、それぞれの持ち場で働いている。ドワーフ、エルフ、獣人、人間。異種族が、肩を並べて。
「……驚いた」
アリシアが呟いた。
「何がですか」
「異種族が、こんなに協力している光景を見たのは、初めてだ」
蒼太は肩をすくめた。
「別に、特別なことはしてません。ただ、全員を対等に扱っただけです」
「それが、どれだけ難しいことか」
アリシアは蒼太を見た。
「我が国では、種族間の対立が根深い。過去に何度も、融和政策を試みた。しかし、すべて失敗した」
「……」
「なのに、そなたは、わずか数週間で、これを成し遂げた。どうやったのだ」
蒼太は少し考えた。
「……分かりません。ただ——」
「ただ?」
「俺は、職人です。職人にとって、仕事が全てです。仕事の前では、種族も、地位も、関係ない。腕があるかどうか、それだけです」
アリシアは暫く蒼太を見つめていた。
「……そなたは、不思議な男だな」
「よく言われます」
アリシアは小さく笑った。
「塔の建設、引き続き頼む。我が国の——いや、この世界の命運は、そなたの手にかかっている」
「重い言葉ですね」
「事実だ」
アリシアは真剣な目で蒼太を見た。
「必ず、完成させてくれ」
蒼太は頷いた。
「やります。俺たちの手で、必ず」
アリシアは満足げに頷き、馬車に乗り込んだ。
馬車が去った後、蒼太は塔を見上げた。
三十メートル。
まだ、十分の一。
しかし、確実に、前に進んでいる。
「よし」
蒼太は拳を握った。
「今日も、仕事だ」
蒼太は足場に向かって歩き出した。
* * *
その夜。
蒼太は宿舎の外で、一人で空を見上げていた。
「眠れないのか」
声がして、振り返ると、リーナが立っていた。
「ああ。考え事をしてた」
「何を?」
「塔のこと。これからのこと」
リーナは蒼太の隣に座った。
「不安なのか」
「……少しな」
蒼太は正直に答えた。
「三百メートルって、途方もねえ高さだ。今まで、こんな大きな仕事をしたことがねえ」
「でも、ここまで来た」
「ああ。でも、まだ十分の一だ。これからが本番だ」
リーナは暫く黙っていた。
「……私も、不安よ」
「お前も?」
「森を離れて、人間の世界で働くなんて、初めてのことだから」
リーナは膝を抱えた。
「正直、最初は後悔した。なぜ、こんなところに来てしまったのかって」
「今は?」
「今は……」
リーナは蒼太を見た。
「……来てよかったと思っている」
「そうか」
「あなたの現場は、居心地がいい。種族を理由に差別されないし、私の技術を正当に評価してくれる」
「当然だろう。お前は腕がいい」
「……ありがとう」
リーナは小さく笑った。
「あなたは、本当に変わった人間ね」
「よく言われる」
二人は、暫く無言で空を見上げていた。
星が、無数に瞬いている。
「なあ、リーナ」
「何?」
「この塔、必ず完成させる。約束する」
「……」
「お前の木で、ゴルドの石で、バルトの力で。俺たち全員の手で、建てる」
リーナは蒼太を見た。
「……信じる」
「ありがとう」
二人は、夜空の下で微笑み合った。
明日も、現場が待っている。
仲間がいる。技術がある。やる気がある。
蒼太は、静かに決意を新たにした。
「必ず、建ててやる」
夜風が、蒼太の頬を撫でていった。
【第12章 完】
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