第8章 職人の矜持

ゴルドを伴い、王都に戻った蒼太は、早速現場に案内した。


「ここが、天空の塔の建設予定地だ」


更地になった広大な平地。その中央には、すでに足場の骨格が組み上がり始めている。作業員たちが忙しく動き回り、朝礼の声が響いている。


ゴルドは腕を組んで、現場を見渡した。


「……思ったより、まともだな」


「当たり前だ。俺が管理してんだから」


「口の減らない奴だ」


ゴルドは足場に近づき、じっくりと観察した。支柱を叩き、横木を揺すり、縄の結び目を確認する。


「木材の選び方は悪くない。組み方も、基本は押さえている。だが——」


「だが?」


「この足場だけでは、三百メートルは無理だ。百メートルを超えたあたりで、自重で崩壊する」


「分かってる。だから、お前に来てもらった」


蒼太は図面を広げた。王都の設計士が描いた、塔の完成予想図だ。


「基礎は石積みを想定してる。お前の技術で、どこまでの荷重に耐えられる?」


ゴルドは図面を睨んだ。


「……この設計は誰が描いた」


「王都の設計士だ」


「話にならん」


ゴルドは図面を放り投げた。


「この基礎設計では、五十メートルが限界だ。それ以上は、石が自重で潰れる」


「じゃあ、どうすればいい」


「設計をやり直せ。俺が監修する」


蒼太は頷いた。


「頼む」


「それから、石の調達だ。王都周辺の石は質が悪い。山岳地帯から運ぶ必要がある」


「運搬は任せろ。人手は確保する」


「人間だけでは足りん。獣人を使え。奴らの力なら、大きな石も運べる」


「獣人か……」


蒼太は少し考えた。


「この国では、獣人の扱いはどうなってる」


「奴隷同然だ」


ゴルドは吐き捨てるように言った。


「人間は獣人を見下している。だが、力仕事において、奴らの右に出る種族はいない」


「じゃあ、獣人にも協力を頼む」


「できるのか?」


「やってみなきゃ分からねえ」


蒼太はエドを呼んだ。


「エド、獣人の集落はどこにある」


「獣人……ですか?」


エドの顔が曇った。


「王都の外れに、スラムがあります。そこに、多くの獣人が暮らしています。ただ——」


「ただ?」


「あそこは危険です。人間が近づくと、襲われることもあると聞きます」


「案内してくれ」


「え?」


「俺が行く。話をつける」


エドは困惑した顔をしたが、蒼太の決意が揺るがないことを悟り、頷いた。


「……分かりました。でも、一人では危険です。私も一緒に行きます」


「ありがとよ」


ゴルドが口を挟んだ。


「俺も行く」


「お前も来るのか」


「興味がある。お前がどうやって獣人を説得するのか、見届けてやる」


蒼太はニヤリと笑った。


「いいぜ。じゃあ、行くか」


    *    *    *


王都の外れ。


城壁の外側に、粗末な小屋が密集する一角があった。


ゴミの臭い。汚水の流れる溝。壁には落書きが描かれ、窓は布で塞がれている。


「ここが、獣人のスラムです」


エドが声を潜めて言った。


「かつては、もう少しまともな場所だったそうですが……戦争で職を失った獣人が流れ込み、今ではこの有様です」


蒼太は黙って周囲を見回した。


道行く獣人たち——犬の耳を持つ者、猫の尾を持つ者、鱗を持つ者——は、蒼太たちを見て警戒の目を向けた。


「人間がこんなところに何の用だ」


低い声が響いた。


小屋の影から、大きな獣人が姿を現した。


虎の獣人だ。身長は二メートルを超え、全身が筋肉で覆われている。顔には古い傷があり、目は鋭く光っている。


「俺は鷹野蒼太。お前たちのリーダーに会いたい」


「リーダーだと?」


虎の獣人は鼻で笑った。


「そんなものはいない。ここにいるのは、捨てられた連中だけだ」


「なら、お前が代表で話を聞いてくれ」


「話? 何の話だ」


「仕事の依頼だ」


虎の獣人の目が、僅かに変わった。


「……仕事だと」


「天空の塔を建てる。そのために、重量物を運べる力が必要だ。お前たちの力を借りたい」


周囲の獣人たちがざわめいた。


「塔? あの失敗続きの?」


「人間たちが勝手に始めて、勝手に死んでる計画だろう」


「俺たちを巻き込むな」


否定的な声が上がる。


しかし、虎の獣人は蒼太を睨んだまま動かなかった。


「お前、報酬は出るのか」


「出す。人間と同じ額を」


ざわめきが大きくなった。


「同じ額だと?」


「嘘だろう」


「人間が獣人に、同じ報酬を払うはずがない」


虎の獣人が手を挙げ、周囲を黙らせた。


「本気で言っているのか」


「ああ。同じ仕事をしたら、同じ金を払う。それが俺のルールだ」


「……」


虎の獣人は暫く蒼太を見つめていた。


「俺はバルトだ」


「バルトか。覚えた」


「お前の話は分かった。だが、信用できない」


「当然だろうな」


「なら、証明しろ。お前が本気だということを」


「どうすればいい」


バルトは周囲を見回した。


「ここに、腹を空かせた連中がいる。今日の食い物にも困っている。まずは、こいつらに飯を食わせろ。それができたら、話を聞いてやる」


蒼太は頷いた。


「分かった。どれくらいいる」


「百人ほどだ」


「百人分の飯か。分かった、用意する」


バルトの目が、僅かに見開かれた。


「……本気か」


「言っただろう。俺は嘘は言わねえ」


蒼太はエドに振り向いた。


「エド、王城に戻って、食料を調達してくれ。百人分。俺の名前で頼め」


「百人分……ですか?」


「頼む。急いでくれ」


エドは戸惑いながらも、走り去った。


蒼太はバルトに向き直った。


「飯が届くまで、話を聞かせてくれ。お前たちが、どうしてこんな場所にいるのか」


バルトは暫く黙っていた。


やがて、低い声で語り始めた。


「俺たちは、元々は傭兵だった。人間の軍に雇われて、魔王軍と戦った。命を賭けて、前線で戦った」


「……」


「だが、戦争が長引くにつれて、報酬は削られていった。最後には、食料すら与えられなくなった。『獣人に払う金はない』と言われた」


バルトの声には、押し殺した怒りがあった。


「俺たちは軍を離れた。戦う理由がなくなったからだ。それ以来、ここで暮らしている」


「……そうか」


蒼太は静かに言った。


「それは、辛かったな」


バルトは蒼太を見た。


「同情か?」


「いや。事実を言っただけだ」


「……」


「俺は、お前たちに約束する。俺の現場では、種族で報酬を変えたりしねえ。同じ仕事をしたら、同じ金を払う。それは絶対だ」


「言葉だけなら、何とでも言える」


「だから、まず飯を用意する。約束を守れることを、行動で示す」


バルトは暫く蒼太を見つめていた。


「……お前、変わった人間だな」


「よく言われる」


「なぜだ。なぜ、獣人にそこまでする」


蒼太は少し考えてから、答えた。


「現場ってのは、全員で作るもんだ。誰か一人が欠けても、仕事は完成しねえ。だから、全員が対等でなきゃならねえ」


「……」


「お前らを『道具』として使う気はねえ。『仲間』として、一緒に働いてほしいんだ」


バルトの目が、僅かに揺らいだ。


そのとき、馬車の音が聞こえてきた。


エドが戻ってきた。馬車には、大量の食料が積まれている。


「ソウタさん! 女王陛下のご厚意で、食料を調達できました!」


「よくやった」


蒼太は食料を見て、満足げに頷いた。


「バルト。約束通りだ。百人分、いや、もっとあるな。好きなだけ食ってくれ」


スラムの獣人たちが、恐る恐る近づいてきた。


パン、肉、野菜。新鮮な食料を見て、目を輝かせている。特に子供たちは、待ちきれない様子で馬車を囲んだ。


「配るぞ。並んでくれ」


蒼太は自ら食料を配り始めた。


一人一人に、手渡しで。顔を見て、言葉をかけながら。


「ほら、食えよ」


「遠慮すんな。たくさんあるから」


「子供が先な。大人は後だ」


獣人たちは、最初は戸惑っていた。しかし、蒼太の態度に悪意がないことを悟ると、少しずつ警戒を解いていった。


「……ありがとう」


小さな獣人の子供が、蒼太にそう言った。犬の耳を持つ、幼い女の子だ。


「いいってことよ。たくさん食え」


蒼太は笑顔で答えた。


バルトは、その光景を黙って見ていた。


やがて、蒼太のもとに近づいてきた。


「……お前の名前は、何と言った」


「鷹野蒼太」


「ソウタか」


バルトは蒼太を見下ろした。その目には、何か新しい光が宿っていた。


「いいだろう。お前の下で働いてやる」


「本当か」


「ただし、条件がある」


「聞く」


「俺の仲間たちも、全員雇え。働ける奴は全員だ」


「分かった。全員雇う」


「それから——」


バルトは蒼太に手を差し出した。


「俺に嘘をついたら、殺す。それでいいな」


蒼太は、その手を握り返した。


「上等だ。俺は嘘つかねえから、殺される心配はねえな」


バルトの口元が、僅かに緩んだ。


「面白い人間だ」


「よく言われる」


二人は、固い握手を交わした。


ゴルドが近づいてきた。


「ふん。思ったより、まともな交渉だったな」


「お前も手伝ってくれよ。食料、まだたくさんあるぞ」


「俺に配れというのか」


「嫌か?」


ゴルドは鼻を鳴らしたが、渋々食料を手に取った。


「……仕方ない。少しだけだ」


蒼太は笑った。


職人が三人。人間、ドワーフ、獣人。


少しずつ、仲間が集まり始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る