第9章 エルフの木工師リーナ
王都での準備を進める中、蒼太は一つの問題に直面していた。
木材が足りない。
足場の補強、塔内部の構造、作業用の道具。あらゆる場面で木材が必要だが、王国周辺の森はすでに伐採され尽くしていた。
「エルフの森に行くしかねえか」
蒼太は地図を睨みながら呟いた。
「エルフの森……ですか」
エドが不安そうな顔をした。
「あそこは、人間の立ち入りが禁止されています。過去に何人も、森に入って帰ってこなかった者がいます」
「帰ってこなかった? 殺されたってことか?」
「分かりません。ただ、エルフは自分たちの森を守ることに、命を賭けているそうです」
「じゃあ、なおさら行かなきゃならねえな」
「え?」
「木を切るつもりなら、まず許可を取るのが筋だろう。勝手に伐採したら、そりゃ怒られる」
蒼太は立ち上がった。
「行ってくる。一人で」
「一人で? 危険です!」
「大勢で行ったら、侵略と思われる。一人で行って、話を聞いてもらう方が確実だ」
「しかし——」
「心配すんな。俺は職人だ。木を扱う連中とは、話が合うはずだ」
エドは何か言いたそうだったが、蒼太の決意を見て、口をつぐんだ。
「……気をつけてください」
「ああ。留守を頼む」
* * *
王都から東へ馬で二日。
エルフの森は、突然始まった。
草原を歩いていたと思ったら、次の瞬間には深い森の中にいる。境界線が曖昧で、いつ森に入ったのか分からない。
「これが、エルフの森か……」
蒼太は周囲を見回した。
木々が密集し、光がほとんど差し込まない。しかし、暗いわけではない。木の幹や葉が、淡い緑色の光を放っている。
空気が違う。清浄で、力強い。呼吸するだけで、身体が軽くなるような感覚。
「生きてる」
蒼太は呟いた。
この森は、生きている。単なる木の集まりではない。一つの巨大な生命体のように、全体が呼吸している。
しばらく歩くと、道が分からなくなった。
どちらを向いても、同じような木が立ち並んでいる。方向感覚が狂う。
「迷ったか……」
蒼太は立ち止まり、周囲を観察した。
そのとき、背後から声がした。
「人間。ここで何をしている」
振り返ると、女性が立っていた。
長い金髪。尖った耳。透き通るような緑色の瞳。手には、弓が握られている。
エルフだ。
「俺は鷹野蒼太。この森の代表者に会いに来た」
「代表者?」
「木を分けてもらいたいんだ。話を聞いてほしい」
エルフの女性は、蒼太を冷たい目で見つめた。
「帰れ。ここは人間の来る場所ではない」
「帰れと言われても、道が分からねえ」
「それはお前の問題だ」
「だったら、案内してくれ。代表者のところに」
「……図々しい人間だな」
女性は弓を構えた。
「警告する。これ以上進めば、撃つ」
蒼太は動かなかった。
「撃ちたきゃ撃て。でも、俺は話をしに来たんだ。敵じゃねえ」
「人間は皆、敵だ」
「なんでだ」
「お前たちは、森を壊す。木を切り、土地を荒らし、生き物を追い出す。我々の故郷を奪う」
女性の声には、深い怒りがあった。
蒼太は静かに答えた。
「……確かに、人間はそういうことをしてきた。否定はしねえ」
「ならば——」
「でも、俺は違う」
蒼太は一歩、前に出た。
「俺は建設をやってる。確かに、木を使う。でも、森を壊すつもりはねえ」
「嘘だ。木を切れば、森は減る」
「違う」
蒼太は首を振った。
「『間伐』って知ってるか」
「……何?」
「木を健康に育てるために、弱い木を間引くことだ。密集しすぎた森は、木同士が光を奪い合って、どれも育たなくなる。適度に間引けば、残った木が強く育つ」
女性の表情が、僅かに変わった。
「俺がやりたいのは、森を壊すことじゃねえ。森を健康にしながら、必要な木をもらうことだ」
「……」
「それから、使った分は植え直す。約束する」
女性は暫く蒼太を見つめていた。
弓を下ろした。
「……お前の言葉、本当か」
「ああ。俺は嘘は言わねえ」
「……」
女性は何かを考えているようだった。
やがて、小さく息を吐いた。
「ついて来い。長老に会わせる」
「ありがとよ」
「感謝は早い。長老が何と言うかは分からない」
女性は歩き出した。蒼太はその後に続いた。
「なあ、お前、名前は」
「……リーナだ」
「リーナか。いい名前だな」
リーナは振り返らずに答えた。
「お世辞は不要だ」
「お世辞じゃねえよ」
二人は、森の奥へと進んでいった。
* * *
エルフの集落は、森の最深部にあった。
巨木の枝の上に、家が建っている。木を傷つけずに、枝と枝の間に住居を作る技術。蒼太は思わず見上げて、感嘆の声を上げた。
「すげえな……」
「何がだ」
「この家。木を傷つけてねえだろう。どうやって建ててる」
リーナは少し驚いたような顔をした。
「……分かるのか」
「俺は建設をやってる。見りゃ分かる」
「我々は、木と共に生きている。傷つけるのではなく、共存する。それが、エルフの建築だ」
「すげえ技術だな。俺も見習いてえ」
リーナは何か言いたそうだったが、口をつぐんだ。
長老の住居は、最も大きな巨木の上にあった。
リーナに案内され、蒼太は長い梯子を登った。高所は慣れている。むしろ、心地よいくらいだ。
長老は、白髪の老エルフだった。
年齢は見当もつかない。顔には深い皺が刻まれているが、目は若々しく輝いている。
「人間か。珍しいな」
長老の声は、穏やかだった。
「俺は鷹野蒼太。木を分けてもらいたくて、参りました」
「リーナから聞いた。間伐、と言ったそうだな」
「はい」
「その知識を、どこで学んだ」
「俺の世界で、です。建設をやっていると、木の扱い方も覚えます」
長老は暫く蒼太を見つめた。
「……お前は、森を壊さぬと約束できるか」
「約束します。間伐だけを行い、使った分は植え直します」
「それを、どう証明する」
蒼太は考えた。
「……俺一人では、証明できません」
「ならば——」
「だから、リーナを貸してください」
「何?」
長老とリーナが、同時に声を上げた。
「俺の現場に、リーナを派遣してほしい。俺たちの作業を監視する役割として」
「私を……?」
「お前なら、木が傷ついてるかどうか、すぐに分かるだろう。俺たちが約束を守ってるか、お前の目で確かめてくれ」
リーナは困惑した顔をしていた。
長老は暫く考え込んでいた。
「……面白い提案だな」
「駄目でしょうか」
「いや。むしろ、理に適っている」
長老はリーナを見た。
「リーナ。お前は、どう思う」
「私……ですか」
リーナは蒼太を見た。
「……この人間を、信用していいのでしょうか」
「それは、お前自身が判断することだ」
リーナは暫く迷っていた。
やがて、小さく頷いた。
「……分かりました。私が行きます」
「いいのか」
「森を守るためです。人間の本性を、この目で確かめます」
蒼太は頭を下げた。
「ありがとう。約束は必ず守る」
「約束を破れば、容赦しない」
「上等だ」
蒼太は笑った。
「俺の現場に来てくれ。お前の技術も、きっと役に立つ」
「……技術?」
「お前、木工師なんだろう? 木を扱う腕は、どれくらいだ」
リーナの目が、僅かに輝いた。
「……大陸一と、自負している」
「じゃあ、俺の足場に使う木材の加工を任せたい。やってくれるか」
リーナは少し驚いたような顔をした。
「私に……仕事を頼むのか」
「ああ。職人に仕事を頼む。当然だろう」
リーナは暫く蒼太を見つめていた。
やがて、小さく笑った。
「……変わった人間だな」
「よく言われる」
二人は、見つめ合った。
長老が、穏やかな声で言った。
「リーナ。この人間と共に行け。そして、学んで来い」
「学ぶ……ですか」
「人間の中にも、森を理解する者がいる。それを知ることは、我々にとっても価値がある」
リーナは深く頷いた。
「分かりました。必ず、報告に戻ります」
「期待している」
蒼太は長老に頭を下げた。
「ありがとうございます。必ず、約束を守ります」
「守らなければ、報いを受けることになるぞ」
「肝に銘じます」
蒼太とリーナは、エルフの集落を後にした。
王都への帰路。二人は並んで歩いた。
「なあ、リーナ」
「何だ」
「お前、本当に腕はいいのか」
「侮辱するな。大陸一と言った」
「じゃあ、期待してる。俺の足場、お前の木で組んでくれ」
リーナは少し照れたような顔をした。
「……任せておけ」
蒼太は笑った。
仲間が、また一人増えた。
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