第7章 ドワーフの石工ゴルド
王都から北へ馬で三日。
山岳地帯の入り口に、ドワーフの集落はあった。
「ここか……」
蒼太は馬を降り、目の前の光景に目を見張った。
岩山の斜面に、無数の穴が開いている。それがドワーフたちの住居らしい。穴の周囲には石造りの装飾が施され、中からは鍛冶の音や石を削る音が響いてくる。
同行していたレオンハルトが、馬を繋ぎながら言った。
「忠告しておく。ドワーフは気難しい種族だ。特に人間に対しては警戒心が強い」
「なんでだ」
「過去に何度か、人間の王がドワーフを奴隷として使おうとしたことがある。以来、彼らは人間の領域に近づかなくなった」
「そりゃ、警戒されて当然だな」
蒼太は集落の入り口に向かって歩き出した。
「おい、待て。せめて私が先に——」
「いい。俺が行く」
蒼太は振り返らずに言った。
「職人を口説くのは、職人の仕事だ」
集落の入り口には、門番らしきドワーフが二人立っていた。身長は蒼太の胸ほどだが、横幅は蒼太より広い。分厚い腕には、戦斧が握られている。
「止まれ。人間がここに何の用だ」
「石工を探してる。腕のいい奴を」
「帰れ。ここにお前らの相手をする暇人はいない」
門番の態度は冷淡だった。当然だろう。蒼太は構わず続けた。
「塔を建てる。高さ三百メートル。そのための基礎工事に、ドワーフの技術が必要だ」
「三百メートルだと?」
門番の一人が、鼻で笑った。
「馬鹿げた話だ。そんな塔、建てられるわけがない」
「だから、お前らの力を借りに来た」
「断る。人間の妄想に付き合う義理はない」
「話だけでも——」
「帰れと言っている」
戦斧が、威嚇するように掲げられた。
蒼太は動じなかった。高所作業で鍛えた度胸は、この程度では揺るがない。
「なら、一つだけ教えてくれ。この集落で一番腕のいい石工は誰だ」
「……何?」
「一番腕のいい奴。名前だけでいい」
門番たちは顔を見合わせた。やがて、一人が渋々答えた。
「……ゴルドだ。だが、あいつは人間嫌いで有名だ。会ったところで——」
「ありがとよ」
蒼太は礼を言い、踵を返した。
「おい、どこへ行く」
「探す。ゴルドって奴を」
「待て、勝手に集落に——」
門番の制止を振り切り、蒼太は集落の中へ踏み込んだ。
* * *
集落の中は、予想以上に活気があった。
石畳の道を、ドワーフたちが行き交っている。鍛冶屋からは金属を打つ音が響き、酒場からは陽気な歌声が漏れてくる。岩壁には精緻な彫刻が施され、どれも芸術品と呼べる出来栄えだった。
「すげえな……」
蒼太は素直に感心した。
石を扱う技術において、ドワーフは人間を遥かに凌駕している。それは一目で分かった。
道行くドワーフたちは、蒼太を見て眉を顰めた。「人間だ」「珍しいな」「何しに来た」。囁き声が周囲から聞こえる。
蒼太は気にせず、近くの店に入った。道具屋のようだ。
「すまねえ、ゴルドって石工を探してるんだが」
店主のドワーフは、蒼太を胡散臭そうに見た。
「ゴルドに何の用だ」
「仕事の依頼だ」
「あいつは仕事を選ぶぞ。特に人間からの依頼は受けねえ」
「それでも会いたい。どこにいる」
店主は暫く蒼太を睨んでいたが、やがて面倒くさそうに答えた。
「集落の奥だ。一番大きな岩の前で、いつも作業してる。だが、言っとくぞ。あいつを怒らせるなよ。面倒なことになる」
「ありがとよ」
蒼太は店を出て、集落の奥へと向かった。
しばらく歩くと、開けた場所に出た。
巨大な岩が聳え立っている。高さは十メートルほど。その前に、一人のドワーフが立っていた。
赤い髭。分厚い腕。鋭い目。
蒼太が近づくと、そのドワーフはちらりと視線を向けた。
「人間か。何の用だ」
「お前がゴルドか」
「そうだが」
「俺は鷹野蒼太。塔を建てるために、お前の力を借りに来た」
ゴルドは作業の手を止めなかった。岩に向かって、鑿と槌を振るい続けている。
「断る」
「まだ何も説明してねえぞ」
「必要ない。人間の仕事には興味がない」
「三百メートルの塔だ。基礎だけで——」
「聞こえなかったか? 断ると言った」
ゴルドの声に、苛立ちが滲んだ。
蒼太は黙って、ゴルドの作業を見つめた。
岩を削っている。何かの像を彫っているらしい。まだ輪郭しか見えないが、その手際は見事だった。鑿を当てる角度、槌を振り下ろす力加減。全てが計算され尽くしている。
「見事だな」
蒼太が言うと、ゴルドは僅かに眉を動かした。
「当然だ。俺は大陸一の石工だ」
「自信家だな」
「事実を言っているだけだ」
ゴルドは再び作業に戻った。しかし、蒼太が立ち去らないことに気づき、苛立った声を上げた。
「何だ、まだいるのか」
「お前の仕事を見てる」
「見世物じゃない。帰れ」
「そう言うなよ。職人の仕事を見るのが好きなんだ」
ゴルドは舌打ちしたが、追い払うことは諦めたらしい。黙々と作業を続けた。
蒼太は岩の周りをゆっくりと歩きながら、ゴルドの手元を観察した。
削り出される形。岩の断面。鑿の入れ方。
そして——違和感を覚えた。
「なあ、ゴルド」
「何だ」
「その石、中にヒビが入ってねえか」
ゴルドの手が、止まった。
「……何だと?」
「今削ってるところの、少し右。内部に亀裂がある気がする」
ゴルドの目が、鋭く細まった。
「俺の石を疑うのか」
「疑ってるんじゃねえ。感じるんだ」
蒼太は岩に近づき、手を当てた。
【匠の手】が、情報を伝えてくる。
岩の内部構造。密度の分布。そして——確かに、右側に僅かな空洞がある。亀裂の予兆だ。
「ここだ。この辺り。叩いてみろ」
ゴルドは蒼太を睨んだ。その目には、怒りと——僅かな動揺があった。
「馬鹿な。俺がこの石を選んだんだ。内部に欠陥があるはずが——」
「なら、確かめればいい。俺が間違ってたら、土下座してやる」
沈黙が流れた。
ゴルドは暫く蒼太を見つめていた。やがて、鑿を持ち替え、蒼太が指した場所に当てた。
槌を振り下ろす。
カン、と乾いた音がした。
普通の石を叩く音とは、明らかに違う。中が詰まっていない音だ。
ゴルドの顔が、強張った。
もう一度、叩く。今度は少し強く。
パキン、と音がして、岩の表面にひび割れが走った。
「……馬鹿な」
ゴルドは呆然と呟いた。
ひび割れは、蒼太が指摘した場所を中心に広がっている。内部の亀裂が、表面に現れたのだ。
「俺の目が……見落とした……?」
「見落としたんじゃねえ。見えなかっただけだ」
蒼太は淡々と言った。
「石の内部は、外からじゃ分からねえ。俺には——スキルがある。触れた構造物の強度を感じ取る能力だ」
「スキル……だと……」
「チートみてえなもんだ。俺自身の腕じゃねえ。だから、お前の技術を馬鹿にしてるわけじゃねえ」
蒼太はゴルドの目を真っ直ぐに見た。
「俺はお前を馬鹿にしに来たんじゃねえ。一緒に仕事しに来たんだ」
ゴルドは黙っていた。
その顔には、複雑な感情が渦巻いているように見えた。怒り、屈辱、そして——興味。
「……その能力、本物か」
「ああ」
「証明しろ」
ゴルドは周囲を見回し、別の岩を指差した。
「あの石を調べてみろ。欠陥があるかどうか」
蒼太は頷き、指された岩に近づいた。手を当てる。
【匠の手】が起動する。
「……問題ない。内部は均一だ。強度も十分。使える石だ」
ゴルドは自分でも岩を調べ、頷いた。
「確かに、良質な石だ。では、あれは?」
別の岩を指差す。蒼太は同じように調べた。
「これは……表面近くに層がある。削ると、そこで剥がれる可能性がある」
ゴルドが調べる。暫くして、小さく息を吐いた。
「……当たりだ。こいつは以前、同じ理由で使うのをやめた石だ」
蒼太は黙って待った。
ゴルドは腕を組み、蒼太を見つめた。その目から、敵意が消えていた。
「お前、名前は何と言った」
「鷹野蒼太」
「ソウタか。変わった名だな」
「異世界から来たからな」
「……異世界?」
「長くなる。いずれ話す」
ゴルドは鼻を鳴らした。
「まあいい。お前の能力は本物らしい。だが、それだけで俺が協力すると思うな」
「分かってる。だから、条件を聞かせてくれ」
「条件?」
「お前が協力するための条件だ。何が必要だ。金か、名誉か、それとも——」
「職人を舐めるな」
ゴルドが遮った。
「俺たちは金や名誉で動く連中じゃねえ。俺が仕事を選ぶ基準は一つだ。その仕事が、『やる価値があるかどうか』だ」
「やる価値……」
「三百メートルの塔を建てると言ったな。それが本当に可能なのか。可能だとして、誰のために建てるのか。俺が命を賭けて基礎を組む価値があるのか。それを証明しろ」
蒼太は暫く考えた。
「……正直に言う」
「聞こう」
「塔を建てるのは、魔王を封印するためだ。頂上に神器を設置すれば、魔王の力を封じられるらしい。それが本当かどうかは、俺には分からねえ。魔法のことは、さっぱり分からねえからな」
ゴルドは黙って聞いていた。
「でも、一つだけ確かなことがある。この塔を建てなければ、人類は滅びる。魔王軍に蹂躙されて、お前らドワーフだって無事じゃ済まねえだろう」
「……我々は山に籠もる。人間の戦争には関わらない」
「それで生き延びられるのか?」
蒼太は真っ直ぐにゴルドを見た。
「魔王が人間を滅ぼした後、お前らを放っておくと思うか? 次に狙われるのは、お前らだ」
ゴルドの表情が、僅かに揺らいだ。
「……脅しか」
「事実だ。俺は嘘は言わねえ」
沈黙が流れた。
ゴルドは顎髭を撫でながら、考え込んでいた。
「……お前自身のことを聞かせろ」
「俺のこと?」
「お前は何者だ。なぜ塔を建てようとしている。お前にとって、これは何の意味がある」
蒼太は少し考えてから、答えた。
「俺は鳶職人だ。高いところで足場を組む仕事をしてた。異世界から来たってのは本当だ。なんでここにいるのか、正直よく分からねえ」
「ならば、なぜ塔を建てる? 自分の世界に帰る方法を探せばいいだろう」
「帰る方法があるかどうかも分からねえ。でも——」
蒼太は空を見上げた。
「目の前に、危ねえ現場がある。このまま放っておいたら、大勢が死ぬ。それを見て見ぬふりはできねえ」
「なぜだ」
「なぜって……」
蒼太は少し言葉を探した。
「俺の親父は、鳶だった。俺が中学の時に、現場で死んだ。安全帯を外してて、足を滑らせた。それだけだ」
ゴルドは黙って聞いていた。
「だから、俺は誓った。自分の現場では、絶対に死人を出さねえって。死んでいい奴なんていねえ。全員、家に帰す。それが俺の仕事だ」
「……」
「塔の建設で、すでに百二十三人が死んでる。足場もねえ、安全管理もねえ、無茶な作業で命を落としてる。それを見て、黙ってられなかった。俺にできることがあるなら、やる。それだけだ」
蒼太はゴルドを見た。
「職人の仕事ってのは、誰かの役に立つことだろう。俺は足場を組むことしかできねえ。でも、それで誰かの命が助かるなら、やる価値はあると思う」
ゴルドは長い間、蒼太を見つめていた。
その目には、何かを測るような光があった。
やがて、ゴルドは大きく息を吐いた。
「……一つ、条件がある」
「聞く」
「お前の現場を見せろ。今、どんな状況で、どんな奴らが働いているのか。俺自身の目で確かめたい」
「いいぜ。いつでも来てくれ」
「それから——」
ゴルドは蒼太を睨んだ。
「俺はお前の指図は受けん。俺の仕事は、俺のやり方でやる。それでいいなら、話を聞いてやる」
蒼太はニヤリと笑った。
「望むところだ。職人に指図なんかしねえよ。お前の腕を借りるだけだ」
ゴルドは鼻を鳴らした。
「生意気な人間だ」
「よく言われる」
二人は、暫く無言で見つめ合った。
やがて、ゴルドが手を差し出した。
「……ゴルドだ。覚えておけ」
蒼太は、その手を握り返した。
「鷹野蒼太だ。よろしく頼む」
握手は固かった。
職人と職人。技術でぶつかり、言葉で語り合い、最後に手を取る。
それが、蒼太のやり方だった。
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