第6章 最初の一段

「これが、今の現場だ」


蒼太は更地になった建設予定地を見回しながら言った。残骸の撤去が完了し、広大な平地が姿を現している。


「ふん。まあまあだな」


ゴルドは腕を組んで頷いた。しかし、その目は鋭く地面を観察している。


「土の質はいい。固い。基礎を打つには悪くねえ」


「分かるのか」


「当たり前だ。俺は石工だぞ。石だけじゃねえ、土も岩も、地面に関することなら何でも分かる」


蒼太は感心した。職人は、自分の専門分野には誰よりも詳しい。それはどの世界でも同じらしい。


「で、足場を組むんだったな。見せろ」


「ああ、見せてやる」


蒼太は作業員たちを集めた。


「今日から、足場の建設を始める。まずは俺がやって見せる。よく見とけ」


資材置き場から、加工済みの丸太を運んできた。この一週間で、森から切り出した木材を規格通りに加工しておいたのだ。長さ二メートル、直径十五センチ。支柱用と横木用で、太さを分けてある。


「足場ってのは、人が安全に高いところで作業するための『仮設の床』だ。完成したら解体する、一時的な構造物。だから、組みやすくて、解体しやすくて、それでいて頑丈じゃなきゃならねえ」


蒼太は支柱を地面に打ち込んだ。


「まず、支柱を立てる。間隔は人の肩幅の二倍。これくらいだ」


実際にやって見せる。ハンマーで杭を打ち、支柱を固定する。


「次に、横木を渡す。高さは膝の位置。これが最初の段になる」


横木を支柱に縛り付ける。縄の結び方は「男結び」。きつく締まり、ほどけにくい。


「この上に板を敷けば、人が乗れる床になる。これを繰り返して、上に積み上げていく」


作業員たちは真剣な目で蒼太の手元を見つめていた。


三十分後。


足場の一段目が完成した。


「じゃあ、次は二段目だ」


蒼太は一段目の上に乗り、そこから新たな支柱を立て始めた。高さが上がるにつれ、バランスを取るのが難しくなる。しかし蒼太の動きには迷いがない。


「足場の上では、常に三点支持を心がけろ。両足と片手、または両手と片足。必ず三カ所で身体を支える。そうすれば、一カ所が外れても落ちない」


実演しながら説明する。


「それから、安全帯。俺の腰についてるこれだ」


蒼太は自分の安全帯を見せた。


「この縄を、足場の柱に繋ぐ。万が一落ちても、これが命を守る」


「それは、この世界にはないものです」


エドが言った。


「作れる。縄があれば作れる。夜、俺が教えてやる」


蒼太は作業を続けた。


二段目が完成し、三段目に取り掛かる。高さは約三メートル。地上から見上げると、それなりの高さになっている。


「よし、ここまでだ」


蒼太は足場の最上部から下りてきた。


「今日組んだのは、三段。高さ約三メートル。これが足場の基本形だ」


ゴルドが近づいてきた。


「触っていいか」


「ああ」


ゴルドは足場に手を当て、揺すり、叩き、じっくりと観察した。


「……悪くねえ」


「褒め言葉として受け取っとく」


「ただ、木だけじゃ三百メートルは無理だ。途中で折れる」


「分かってる。だから、お前の力が必要なんだ」


蒼太はゴルドを真っ直ぐに見た。


「石の足場を組みてえ。石の支柱に、石の横木。それなら、強度は十分だろ」


ゴルドの目が光った。


「石の足場……? 聞いたことがねえな」


「俺の世界にもねえよ。でも、この世界には魔法ってもんがあるらしいじゃねえか。石を軽くしたり、強くしたり、できるんだろ?」


「……できる。できるが——」


ゴルドは顎髭を撫でた。


「それには、エルフの協力がいる」


「エルフ?」


「木を操る種族だ。石を魔法で加工するには、特殊な樹液が必要でな。それを作れるのは、エルフだけだ」


「じゃあ、エルフにも協力を頼む」


「簡単に言うな。エルフは人間を嫌ってる。ましてや、森を傷つける建設なんぞ、協力するわけがねえ」


「やってみなきゃ分からねえだろ」


蒼太は笑った。


「俺は鳶だ。無理だって言われてきたことを、何度もやってきた。お前らの世界でも、同じだ」


ゴルドは暫く蒼太を見つめていた。


やがて、盛大にため息をついた。


「……勝手にしろ。俺は、お前の技術を見に来ただけだ。協力するかどうかは、まだ決めてねえ」


「それでいい。見ててくれ」


蒼太は作業員たちに向き直った。


「明日から、足場の本格建設を始める。今日教えたことを忘れるな。いいか、俺たちの目標は——」


蒼太は空を指差した。


「あの空の向こうだ。三百メートル。誰もやったことのねえ高さに、俺たちの足場を組む」


作業員たちの目に、光が宿った。


「できるか?」


「「「はい!」」」


声が揃った。


蒼太は満足げに頷いた。


「よし。じゃあ、今日はここまでだ。明日に備えて、しっかり休め」


    *    *    *


その夜。


蒼太は宿舎の片隅で、安全帯の作り方を教えていた。


「ここをこう結んで……これで、腰に巻ける。で、この先のフックを、足場の柱に引っ掛ける」


エドが真剣な表情でメモを取っている。他にも、数人の作業員が集まってきていた。


「これがあれば、落ちても死なないのですか?」


「死なねえとは言えねえ。でも、確率は大幅に下がる」


蒼太は自分の安全帯を見せた。


「俺の親父は、これを付けてなかった。だから、死んだ」


空気が張り詰めた。


「親父も鳶だった。俺より腕は上だったと思う。でも、安全帯を面倒くさがって、外してた。で、ある日、足を滑らせた。それだけだ」


蒼太は静かに言った。


「だから、俺はこれを外さねえ。絶対に。お前らにも、同じようにしてほしい」


エドが深く頷いた。


「分かりました。必ず、付けます」


「ああ。頼んだ」


蒼太は立ち上がった。


「さて、俺は寝る。明日も早えからな」


宿舎を出て、夜空を見上げた。


二つの月が、静かに輝いている。


「親父」


蒼太は呟いた。


「俺、なんか変な世界に来ちまったよ。でも、やることは同じだ。高いところに登って、足場を組む。それだけだ」


返事はない。当たり前だ。


でも、蒼太は確かに感じていた。


この世界でも、自分にできることがある。自分にしかできないことがある。


「見ててくれよ、親父」


蒼太は拳を握った。


「俺は、絶対に死なせねえ。誰一人」


夜風が、蒼太の頬を撫でていった。


【第6章 完】

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