第4章 王都と「天空の塔」計画

一週間が経った。


砦の防壁は、予定通り五メートルの高さに達した。蒼太の指導の下、兵士たちは見違えるほど腕を上げていた。石の選び方、積み方、足場の使い方。基礎的な技術だが、それがあるとないとでは大違いだ。


「よし、これで一区切りだ」


蒼太は完成した壁を見上げ、満足げに頷いた。


「ソウタさん、本当にありがとうございました」


エドが深々と頭を下げた。他の兵士たちも、同様に礼を言ってくる。


「大したことじゃねえよ。お前らが頑張ったんだ」


「いいえ。あなたがいなければ、私たちだけでは絶対に完成させられませんでした」


エドの目には、確信が宿っていた。


そのとき、馬蹄の音が聞こえてきた。


砦の門に、騎馬の一団が到着した。先頭を行くのは、豪奢な鎧を纏った中年の男。その後ろには、数十人の護衛兵が続いている。


「王都からの使者だ」


ガレスが緊張した面持ちで出迎えに向かった。蒼太もその後に続く。


「砦守備隊長、ガレス殿か」


中年の男が馬から降りた。威圧的な雰囲気を纏っているが、目には理知的な光がある。


「はっ、お待ちしておりました。騎士団副長閣下」


「防壁が完成したと聞いて、確認に来た。なるほど……見事なものだ」


副長は壁を見上げ、感心したように頷いた。その視線が、蒼太に向けられる。


「そこの男。お前が異界から来た建設の技術者か」


「ああ。鷹野蒼太だ」


「噂は聞いている。たった一週間で、この壁を完成させたそうだな」


「俺一人じゃねえ。ここにいる奴ら全員の力だ」


副長の口元が、僅かに緩んだ。


「謙虚な男だな。気に入った」


「で、何の用だ?」


単刀直入な蒼太の問いに、ガレスが慌てて割り込もうとした。しかし副長は手で制し、蒼太と向き合った。


「お前を、王都に招きたい」


「王都?」


「国王陛下が、お前に会いたいとおっしゃっている。この国の命運を賭けた計画について、相談したいことがあるそうだ」


蒼太は眉を顰めた。


「計画って何だ」


「詳しいことは、王都で話す。ただ——」


副長は壁を見上げ、そして蒼太を見た。


「お前の技術が、人類の存亡を左右するかもしれない」


    *    *    *


馬車で三日。


蒼太は王都エルデシアに到着した。


城壁に囲まれた巨大な都市。石畳の街路に、無数の建物が立ち並んでいる。しかし、その表情は暗い。行き交う人々の顔には疲労と不安が刻まれ、物乞いの姿も少なくない。


「戦争が長引いて、民の生活は苦しくなる一方だ」


馬車に同乗していた副長——名をレオンハルトと言った——が、窓の外を見ながら呟いた。


「この戦争、勝てる見込みはあるのか」


「正攻法では、ない」


レオンハルトは正直に答えた。


「魔王軍の戦力は我々の十倍。まともにぶつかれば、半年と持たない」


「じゃあ、どうする」


「だから、お前を呼んだ」


馬車は王城の門をくぐり、中庭に停まった。


蒼太は馬車を降り、王城を見上げた。白亜の壁、青い屋根、尖塔。ファンタジー映画そのままの光景だ。


しかし、よく見ると壁にはひび割れがあり、屋根の一部は崩れている。維持管理に手が回っていないのだろう。


「こっちだ」


レオンハルトに案内され、城内を進む。長い廊下を抜け、大きな扉の前に立った。


「謁見の間だ。陛下がお待ちだ」


扉が開く。


広大な空間が広がっていた。高い天井、大理石の床、壁を飾るタペストリー。その奥に、玉座がある。


玉座には、若い女性が座っていた。


銀髪に紫の瞳。年齢は二十代前半だろうか。王冠を戴き、威厳のある表情を浮かべているが、その目には隠しきれない疲労の色がある。


「異界からの客人、鷹野蒼太か」


女王が口を開いた。声は凛としているが、どこか張り詰めたものを感じる。


「ああ。あんたが女王か」


周囲の貴族たちがざわめいた。口の利き方がなっていない、と誰かが囁く。しかし女王は気にした様子もなく、軽く手を振って周囲を黙らせた。


「そなたの噂は聞いている。わずか一週間で、砦の防壁を完成させたそうだな」


「俺一人の力じゃねえ」


「謙虚だな。だが、そなたの技術がなければ不可能だったことも事実だ」


女王は立ち上がり、玉座の脇に置かれた大きな布に手をかけた。


「見せたいものがある」


布が取り払われた。


その下にあったのは、巨大な模型だった。


塔。


天を突くような、細長い塔の模型。高さは人の背丈ほどあり、細部まで精巧に作り込まれている。


「これは——」


「『天空の塔』計画」


女王が言った。


「高さ三百メートルを超える塔を建設し、その頂上に神器を設置する。神器の力で魔王を封印し、戦争を終わらせる。それが、この計画の全容だ」


蒼太は模型を見つめた。


三百メートル。現代日本でも、超高層ビルに匹敵する高さだ。それを、中世レベルの技術で建てる?


「無理だろ」


率直な感想が口をついて出た。


周囲の貴族たちが再びざわめく。しかし女王の表情は変わらなかった。


「続けろ」


「三百メートルの塔を建てるには、それに見合った基礎が必要だ。材料の強度も、施工技術も、この世界にはねえだろう。それに——」


蒼太は模型の根元を指差した。


「この設計、不安定すぎる。細すぎて、風で倒れる」


「分かっている」


女王が頷いた。


「すでに二度、建設を試みた。一度目は高さ五十メートルで基礎が崩壊。二度目は八十メートルで強風により倒壊。作業員の死者は、合わせて百二十三名」


「百二十三……」


蒼太の声が低くなった。


「それでも、やるしかないのだ」


女王の声に、悲痛な響きがあった。


「神器を魔王の頭上に掲げること。それが、封印の条件だ。魔王の居城は地上二百メートルの高さにある。それを超える塔を建てなければ、封印は発動しない」


「他に方法はねえのか」


「ない。少なくとも、我々が知る限りでは」


女王は蒼太を真っ直ぐに見つめた。


「鷹野蒼太。そなたに頼みがある」


「……聞くだけ聞く」


「この塔を、建ててほしい」


沈黙が落ちた。


蒼太は模型を見つめた。三百メートルの塔。百二十三人の死者。不可能な計画。


だが。


「足場を、俺に任せてもらえるか」


「足場?」


「塔を建てるのは、俺には無理だ。設計も、材料の調達も、そんな知識は持ってねえ。でも——」


蒼太は女王を見た。


「安全に作業できる環境を作ること。それなら、できる」


女王の目が、僅かに見開かれた。


「まともな足場を組めば、職人は死なない。死ななければ、塔は建つ。時間はかかるかもしれねえが、確実に進む」


「それで、いいのか?」


「ああ。俺は職人だ。偉い奴じゃねえ。図面も読めねえ。でも、足場なら組める。高いところなら、誰にも負けねえ」


女王は暫く蒼太を見つめていた。


やがて、その口元に笑みが浮かんだ。


「気に入った」


女王は手を差し出した。


「鷹野蒼太。そなたを『天空の塔』計画の足場総監督に任命する。必要なものは何でも用意しよう。人も、金も、材料も」


蒼太は、その手を握った。


「じゃあ、まず現場を見せてもらう。話はそれからだ」


翌日から、蒼太の新しい「現場」が始まった。

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