第3章 匠の手

三日目の朝。


蒼太は日の出と共に目を覚ました。身体の節々が痛む。慣れない環境での重労働は、いくら鍛えた身体でも堪える。


しかし、痛みは職人の勲章だ。仕事をした証拠。蒼太は立ち上がり、身体を伸ばした。


砦の広場に向かうと、すでに兵士たちが集まっていた。エドが先頭に立ち、何やら説明している。


「——だから、朝礼では今日の作業内容と危険箇所を確認するんだ。ソウタさんがそう言っていた」


「随分と懐いてんな」


蒼太が声をかけると、エドは慌てて振り向いた。


「あ、おはようございます! 昨日教わったことを、皆に伝えていました」


「いい心がけだ。じゃあ、朝礼始めるぞ」


兵士たちが整列する。昨日よりも、動きがキビキビしている。


「今日の作業は、石積みだ。昨日完成した足場を使って、壁を一メートル高くする。危険なのは——」


「高所からの落下と、石の落下による怪我です」


エドが答えた。蒼太は頷いた。


「その通り。対策は?」


「足場の上では必ず縄で身体を繋ぐ。石を持ち上げるときは、下に人がいないことを確認する」


「完璧だ。よし、作業開始」


兵士たちが散っていく。蒼太は足場に登り、石積みの指導を始めた。


「いいか、石を積むときは、下の石の継ぎ目の上に次の石の中心が来るようにする。レンガ積みと同じだ」


「レンガ……?」


「知らねえか。まあいい、要するにこういうことだ」


蒼太は実際に石を持ち上げ、位置を調整しながら置いた。【匠の手】のスキルが、最適な配置を教えてくれる。この石は少し右にずらした方がいい。この石は向きを変えた方が安定する。


「お前もやってみろ」


エドが石を持ち上げる。重さに顔を歪めながら、蒼太が示した位置に置こうとする。


「もう少し左。そう、そこだ。いい感じだ」


「本当ですか?」


「ああ。センスあるぞ、お前」


エドの顔がパッと明るくなった。


作業は順調に進んだ。昼過ぎには、壁が五十センチ高くなっていた。このペースなら、夕方までに一メートルは行ける。


「休憩だ。水を飲め」


蒼太は足場から降り、井戸の水を汲んだ。冷たい水が喉を潤す。


そのとき、異変が起きた。


「何だ、あれは——」


ガレスの声に、全員が空を見上げた。


黒い影が、太陽を遮っていた。


巨大な鳥のような生物。翼の幅は十メートル以上ある。その背中に、人影が見える。


「魔王軍の斥候だ!」


ガレスが剣を抜いた。兵士たちも慌てて武器を構える。


飛行生物——ワイバーンと呼ばれる魔物だと、後に知った——は、砦の上空を旋回した。背中に乗った兵士が、何かを投げ落とす。


石だ。


人の頭ほどの石が、雨のように降ってきた。


「散れ! 建物の中に入れ!」


ガレスの指示で、兵士たちが走り出す。しかし、全員が避難できるわけではない。


蒼太は咄嗟に動いた。


足場の柱を蹴り、横木を伝って移動する。高所での移動は、誰よりも速い自信がある。


「こっちだ! 足場の下に来い!」


蒼太の声に、逃げ遅れた数人が足場の下に駆け込んだ。


直後、石が足場の上に落ちてきた。


木材が軋む。衝撃で揺れる。しかし、崩れない。蒼太が組んだ足場は、上からの荷重にも耐える設計になっていた。


「大丈夫か!」


「は、はい……」


エドが震える声で答えた。


ワイバーンは、さらに旋回を続けている。第二波が来る。


蒼太は足場を見上げた。


このままでは、足場が壊される。せっかく作ったものが、台無しになる。


許せなかった。


「おい、弓はあるか!」


「弓……? ありますが——」


「持ってこい!」


ガレスが慌てて弓と矢筒を持ってきた。蒼太はそれを受け取り、足場を駆け上がった。


高い。


地上から五メートル。足場の最上部。風が強い。ワイバーンが旋回しながら近づいてくる。


蒼太は弓を構えた。


正直、弓なんて握ったこともない。しかし、【匠の手】が教えてくれる。この距離、この風速、この角度なら——


矢を放った。


外れた。


ワイバーンは悠々と空を舞い、嘲笑うかのように鳴き声を上げた。


「くそっ——」


二本目の矢を構える。今度は、もう少し上を狙う。風を読む。【匠の手】は戦闘には向かないスキルだが、「物を投げる」「道具を使う」という意味では、ある程度の補助が効く。


放つ。


今度は、ワイバーンの翼を掠めた。


「効いてねえな……」


三本目。四本目。いずれも致命傷には至らない。


しかし、ワイバーンは明らかに警戒していた。これ以上近づけば、矢を食らう。そう判断したのか、旋回の軌道を大きくし始めた。


「逃げやがった……」


蒼太は息を吐いた。


足場の上で、膝をつく。心臓がバクバクと鳴っている。怖い。高所は慣れているが、空を飛ぶ魔物に攻撃されるなんて、想定外もいいところだ。


「ソウタさん!」


下からエドの声が聞こえた。


「大丈夫ですか!」


「ああ……大丈夫だ」


蒼太はゆっくりと足場を降りた。


地面に足がついた瞬間、どっと疲労が押し寄せてきた。


「すごい……あんな高いところから、弓を——」


「当たってねえよ。威嚇になっただけだ」


「でも、逃げていきました。あなたのおかげです」


エドの目が、尊敬の色に輝いている。


蒼太は苦笑した。


「買い被りすぎだ。俺は戦闘なんてできねえ。今回はたまたまだ」


「たまたまでも、結果を出したのは事実です」


ガレスが近づいてきた。その表情には、複雑なものが浮かんでいた。


「正直に言う。お前のことを、まだ完全には信用していなかった」


「知ってる」


「だが、今日の行動で考えが変わった。お前は、仲間を守るために動いた。それは本物だ」


ガレスは手を差し出した。


「改めて頼む。この砦の防壁を、お前の手で完成させてくれ」


蒼太は、その手を握り返した。


「最初から、そのつもりだ」


    *    *    *


その夜、蒼太は改めてステータスを確認した。


光る板が、宙に浮かぶ。


『名前:鷹野蒼太』


『年齢:28』


『種族:異界人(転移者)』


『称号:なし』


『スキル:【匠の手(クラフトマンズ・ハンド)】Lv.2』


「レベルが上がってる……」


スキル説明を見る。


スキル説明:


・建設作業における精度と速度が大幅に向上する


・触れた構造物の強度を詳細に感知できる


・一定範囲内の仲間の技能を一時的に底上げする(効果増加)


・【新規】構造物を介した攻撃・防御の精度が向上する


最後の一文が追加されていた。


「構造物を介した攻撃・防御……」


足場の上から弓を撃った。それが「構造物を介した攻撃」として認識されたのか。


「面白えスキルだな」


蒼太は呟いた。


戦闘スキルではない。魔法も使えない。しかし、自分の得意分野を活かせば、何かができる。


それは、現代日本でも同じだった。


学歴がない。コネもない。取り柄は、高いところで働けることだけ。


でも、それだけで十年やってきた。


この世界でも、同じようにやればいい。


「よし、寝るか」


蒼太は目を閉じた。


明日からも、現場は続く。

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