失明

高橋心

失明

 ある時からずっと太陽が恐ろしい。私の頭上で照り続けているはずの恒星が怖くてたまらないのだ。


 私が幼い頃、母は

「太陽を絶対に見てはいけない。目が見えなくなってしまうよ。」

と教えてくださった。一番古い記憶の一つだ。脳裏に鮮明に焼き付いたのは、見ることを忌避しなければならないそれが、私のすぐ真上にあるからだったことに他ならない。見てはいけないのならもっと遠くにいておくれ、当時は言葉にこそできなかったがそう考えていた。そして母だけではなく理科の教科書にも報道の隅でも日を直接見るなと教わり私の抱えるものはより確信的になった。それから私はずっと、絶対に太陽を見ずに生きてきた。帽子を目深に被り、俯いて歩き、照りつける日差しとその根本に向かって伸びる花の蔓越しにだけ確かな存在を感じていた。そして、太陽の下にいるとき、私はいつも不安で仕方がない。ほんの少し顎を上に向けるだけで禁忌を破ってしまうことができるのだ。それは常に崖の淵を歩いているようで、実際、危ない場所を渡りきるときのように大股で小急ぎに建物へと入るのが癖になっていた。私のことを深くは知らない学校の先生はそれほど過度に日を避ける私に

「ああ、そんなに下ばかり見て歩かないの。気分まで暗くなってしまうよ。」と口出しするのだった。私は特に傷付かず、むしろ嬉しくさえあった。狂気的に明るいあの星とはかけ離れた自分であることが心地良かったのだ。周囲の級友たちもそんな私を低温火傷しそうな目で見るのだったが、優しくしてくれる子も少なからずいたのだった。


 小学校4年生の春のことだ。その子は太陽恐怖症を持つ私を理解できずも、一緒に学校に行ったり、交互に石を蹴りながら下校したりした。拳大の礫が転がって合いの手のように小気味良い音を立て、私たちの黄色い声と重なる風景をたまに思い出すのだ。楽しかったのだと思う。私は彼を友達だと感じていたが、彼もそうだったのかは分からない。太陽を避けたいがために視線を操縦し、そっぽを向いたまま会話をする私のせいで微妙な空気が流れることも多々あったからだ。彼はそのせいで居心地が悪かったのだろう。あるいは私にかかったある種の呪いを解きたかったのかもしれない。

 その日、彼は

「少しくらいならお日様が目に入っても大丈夫さ。そんなに怯えることないよ。」

と諭すように伝えた。それでも理由も無いまま、怖い怖い、と漏らす私を見兼ねた彼は続けて

「どうしてもって言うならしょうがないなぁ。今から僕がお日様を見るところを見てて。」

と言うのだった。あっ、と思ったのも束の間、彼は微笑みながら私越しに太陽を数瞬見つめた。


 「ほらね、なんともない。」

と呟いた彼の笑顔から二つの眼球がぽろりと落ち、取り残された視神経は這うように抜け出すと影が伸びるのとは真逆へとひらひら飛んでいった。











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