月面着陸(ミス・テイク・ワン)
つきみなも
月と神と宇宙人
とあるところに、友好な知的生命体を発見するべく宇宙を飛び回っていた宇宙人がいた。
その宇宙人は数年間宇宙を飛び続けながらも、未知なる探求心と己のユーモアセンスを活かせる星を探していたのだ。
調査とはいえ、暇をする。
宇宙人自慢のネタ帳は、そろそろ宇宙船のメモリを圧迫するほどになっていたのだ。
そして数か月前、やっとの思いで、地球という生命体の存在する星を発見したのだった。
「我々は宇宙人だ。名前はまだない。」
「ようこそ、月へ。君一人なのに『我々』とは不思議な言い方をするんじゃの。」
「地球人はこのジョークが好きだと聞いたのだが。」
「なに、ここは地球じゃなくて月じゃし、わしは月の神じゃ。」
宇宙人は肩を落とした。とはいっても、肩と呼べる部分はないのだが。
生命探知装置の刺した座標は確かにもう少し先の青い星で、興奮のあまりにその手前の衛星である月に宇宙船をおろしてしまったらしい。
「まあまあ、察するに長旅をしてきたのじゃろ?少しぐらい落ち着くのも悪くないじゃろう。」
「確かに、燃料にも物資にも余裕はあるけど、長旅をした後はやはり目的地でありたい。」
「月は地球の衛星なのじゃから、逃げはせんよ。旅は目的地を目指すばかりでは早く終わってしまうぞ。」
宇宙人はしばらく黙りこみ、地球を見る顔をおろして月の風景を眺めてみる。
見渡す限り砂と岩。土埃や風すらもどこか虚空に消えていったような、孤独が
しかしそこには確かに、落ち着いてみれば気づくような美しさと、荒涼とした無機質な自然があった。
息があるようで、ない。死んでいるようで、生きている。
その奇妙な美しさは、数多の星々を旅した宇宙人でも見かけることのないものだった。
「この月だって歴史は同じように長い。地球の人間がわしを見上げるようになってから数えても、もう数え切れんほどじゃ。」
「私の腕と指を使っても?」
宇宙人は得意げに20本ある足を動かして見せた。
「はっはっはっ、足りん足りん。」
宇宙人はまた、地球へと視線を戻す。
青々とした海、そこに白い塗料を落としたように流れる雲、そしてそれらすべてに覆われる大地。
宇宙人は気付けば、知的生命体のみならずその飲まれるような美しさを静かに誇る、地球そのものにも興味がわいてきた。
「立ち止まるのも悪くないじゃろ?とはいってもの、多分お主がもっと美しいと思う星は、ここに来る前にも通り過ぎとるもんじゃと思うぞ。生命体がおるかどうかは知らんが。」
「月の神なのに、地球の謙遜を言うのはどうなんだ?」
「神じゃからいいんじゃ。」
「ずるい神だ。」
宇宙人は思いついたように宇宙船に戻り、除圧調理器で自分の故郷の料理を出した。
自分の分と、月の神の分。
夜と呼べる時間はないのだろうけど、それでも宇宙人は久々に誰かと一緒にディナーを食べることにした。
「月の神はこの星で何をしているのだ?神というのなら、隕石から地球を守ったりしているのか?」
「旨いの。――いや、何もしとらん。ただ祈られるがままに、偶然に流されるままに月と地球を眺めておるよ。」
月の神は地球から捧げられる料理にはない、不思議なおいしさについ、上品さを忘れかけるようにほおばっていた。
「それでいいのか?」
「まあ、そんなもんじゃよ。案外自分らしくやっていれば、自分の役割というのは自然に果たされているものじゃ。」
「そうとう理想的な話だな。」
「そうじゃな。まあ全てがそう上手いように、旨いようにいくわけじゃなかろう。」
相当おいしかったのだなと、宇宙人はひっそりと喜んだ。
宇宙船にため込んだネタのデータから、一つうまい返しをしようと思ったが、神に止められる。
「ここは月で、ここにはわししかおらん。地球の――そうじゃな、『たいむずすくえあ』辺りでそれを言ったほうが、長旅の時間とそれを過ごしたお主が救われるじゃろうて。」
宇宙人はそれを聞いて、早速宇宙ナビゲーションシステムに『たいむずすくえあ』と入力した。
画面に映し出された人々と、街と、流れる時間は宇宙人をますます期待させた。
「お皿とゴミを。」
「悪いの。」
「それでは、少しして地球に向かうこととする。短い間だったが、共にいてくれて感謝する。」
「別れとは味気ないの。地球を出ていくときは、またここに寄っていくとよいぞ?」
「『一期一会の料理ほど絶品なものはない』私の故郷の言葉だ。偶然また着陸したら、また別の料理を食べるのだ。」
月の神はもう言葉など要らないと思って、笑顔で宇宙船に乗る宇宙人を見送った。
月の神はまた、地球を静かに眺めて、その青さを皮肉れる良いジョークを考えるのに数百年かけるのだった。
月面着陸(ミス・テイク・ワン) つきみなも @nekodaruma0218
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