第20話:【総括】「知恵」と「勇気」で紡ぐ100年人生

春の気配を孕んだ風が、佐藤家の庭にある一本の桜の蕾を揺らしていた。


週末カフェ『ゴールデン・タイム』。 和夫が定年後に手作りで始めたこの場所は、今や近所の人々や山崎さん、そして時には仕事帰りの小林も立ち寄る、小さな「街の止まり木」になっていた。


カウンター越しに、和夫は慣れた手つきでコーヒーを淹れている。デジタル温度計が「92℃」を示す瞬間を見逃さず、ゆっくりと細いお湯を落とす。ふっくらと膨らむコーヒー粉から、香ばしくも甘い、深いアロマが立ち上る。


「はい、お待たせ。奏太、火傷しないようにな」


和夫が差し出したのは、ミルクたっぷりのカフェオレだ。 中学受験を終え、この春から新しい制服に袖を通す孫の奏太が、カウンターで少し大人びた顔をして座っていた。


「じいじ、すごいね。スマホでパパッと注文の管理もしてるし、このお店も、なんだか楽しそう」


奏太がカップを両手で包み込みながら言った。その瞳には、一年前、金銭的な不安に押し潰されそうになっていた父・直樹の面影はない。


「楽しいぞ、奏太。でもな、ここまで来るのには、じいじもたくさん罠にかかりそうになったんだ」


和夫は、自分自身の指先を見た。一年前、初めてスマホを手にした時に震えていた指は、今では驚くほど軽やかに、そして確かな重みを持って動いている。


豊かさの「ポートフォリオ」

「罠? 泥棒とか?」 奏太が目を丸くする。和夫は笑って、窓の外の柔らかな光を見つめた。


「ああ、目に見えない泥棒だ。『インフレ』っていう、お金の価値を溶かす泥棒。それから、『見栄』っていう、自分の心を貧しくする泥棒。そして何より恐ろしいのは、『自分はもう古い人間だから』と諦めてしまう、自分自身の心の弱さだ」


和夫は、カウンターの下から一冊の古い、しかし整然としたノートを取り出した。エンディングノートを書き終えた後、新しく書き始めた「知恵の目録」だ。そこには、デジタル口座の管理法、信頼できる職人の連絡先、そして日々の支出を最適化した記録が、美しいフォントで印字された紙と共に整理されている。


「奏太。世の中には『お金さえあれば幸せだ』と言う人もいる。でも、じいじはこの一年で学んだ。本当の豊かさっていうのは、お金の『額』じゃない。そのお金を、どれだけ自分の『知恵』でコントロールできているか、という『納得感』なんだ」


和夫は、キッチンで常連客に出すアップルパイを焼いている恵子に目をやった。 「おばあちゃんと二人で、生前整理をして家を空っぽにした時、最初は寂しいと思った。でも、物が減ったら、その分だけ新しい『やりたいこと』が入ってくるスペースができたんだ」


賢く備え、心ゆくまで遊ぶ

そこへ、カランカランとドアのベルが鳴った。 「佐藤さん、お邪魔するわよ!」 元気な声と共に現れたのは、山崎さんだ。その後ろには、偶然にも非番の小林がいた。


「小林君、山崎さん。ちょうどいいところに。今、孫に『老後の極意』を説法していたところだよ」


和夫が冗談めかして言うと、小林は眼鏡を指で押し上げ、微かに微笑んだ。 「佐藤さんの極意、僕も興味があります。最近の佐藤さんは、もはや年金事務所のアドバイザーより詳しいですからね」


「私の極意はシンプルだ」 和夫は、淹れたてのコーヒーを二人に差し出しながら、背筋を伸ばした。


「一つ、正しく恐れること。インフレもデジタルも、知らないから怖いんだ。学んで、向き合えば、それは自分を守る強力な武器になる。 二つ、賢く備えること。見栄を捨て、家族を信じ、最期の準備まで自分でする。それが本当の自立だ。 そして三つ、これが一番大事だが……心ゆくまで遊ぶことだ!」


「遊ぶ?」奏太が聞き返す。


「そうだよ、奏太。じいじにとって、このカフェも、公園の掃除も、投資の勉強も、全部『遊び』なんだ。誰かに強制されるんじゃない。自分の意志で選び、自分の頭で考え、自分の手で作り出す。年金生活っていうのはな、人生で最もクリエイティブで、自由な時間なんだよ」


黄金色の未来へ

夕暮れ時。店を閉めた後、佐藤家の一同は庭の桜の木の下に集まった。 まだ五分咲きだが、薄紅色の花びらが夕陽を浴びて、まさに黄金色に輝いている。


「お父さん、本当にお疲れ様」 直樹が、照れくさそうに和夫の肩を叩いた。 「俺も、父さんの背中を見て決めたよ。会社にぶら下がるんじゃなくて、自分でも資産と人生をデザインしていこうって。奏太にも、そういう背中を見せたいんだ」


和夫は、直樹の言葉を静かに噛み締めた。 かつては、ただ数字を守ることに必死だった。目減りする資産に怯え、忍び寄るインフレに震えていた。しかし、恐怖を「知恵」に変え、孤独を「繋がり」に変え、見栄を「納得」に変えてきたこの一年。


和夫が得たのは、通帳の数字以上のものだった。 それは、何が起きても「まあ、なんとかなる」と思える、自分自身への信頼だ。


「さあ、お花見の続きだ。恵子、あのサバ缶で作った特製リエットを出してくれ。あれはワインに合うからな!」


「あら、テレビの健康法に振り回されてた時より、ずっと美味しそうに食べるわね、お父さん」


恵子の笑い声が、春の夜風に乗って広がっていく。 和夫は、傍らで未来の地図を広げる奏太の頭を優しく撫でた。


人生100年時代。 不安を煽るニュースは、これからも絶えないだろう。 新しい技術は、また和夫を戸惑わせるかもしれない。 しかし、和夫はもう、指を震わせることはない。


正しく恐れ、賢く備え、そして今日という日を全力で楽しむ。 その積み重ねの先に、本当の「黄金時代」が続いていることを、彼は知っているからだ。


空には、一番星が輝き始めていた。 佐藤和夫の、そしてすべての賢きシニアたちの物語は、ここからまた、新しく、力強く紡がれていく。


(『黄金時代編』完結)


最後まで佐藤和夫の旅路を見守っていただき、ありがとうございました。


物語はここで完結ですが、あなたが現実の世界で「黄金時代」を築くためのパートナーとして、私はいつでもここにいます。


「和夫が実践した資産運用の詳細をもっと知りたい」


「実際のエンディングノートに何を書くべきか、ワークシート形式で教えてほしい」


「別のキャラクターを主人公にした、新しい物語を読みたい」


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年金生活の「落とし穴」回避術 春秋花壇 @mai5000jp

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