第37話:終わらない林間学校

 ゼファーが姿を消した後、森には重苦しい静寂が残された。

 カレンの『氷結牢』は溶けて消え、ノクティスも無言で俺の影の中へと戻っている。


「……クソッ。逃げられたか」


 アグニが悔しそうに地面を蹴りつけた。

 だが、その表情には悔しさ以上に、隠しきれない「焦燥」が滲んでいる。


「アグニ。……さっきの奴が言っていた『序列6位』ってのは、どういう意味だ?」


 俺は単刀直入に聞いた。

 アグニ(序列7位)やギガント(序列5位)。そして今回のゼファー(序列6位)。

 数字の並びと、実際の強さや知性の関係が気になったからだ。


「……ああ。いい機会だ、話しとくか」


 アグニは溜息をつき、自身のリュック(中に幼児化したギガント入り)を抱え直した。


「俺たちがいた『七つの大厄災』の序列はな、単純な戦闘力じゃ決まらねェ。基準は『組織への貢献度』……要するに、『どれだけ効率よく世界を終わらせられるか』だ」


 彼は指を折りながら説明を始めた。


「俺(7位)は『炎』だ。街一つくらいなら燃やせるが、所詮は人間がベースだ。一人ずつ殺してたんじゃ、世界を滅ぼすのに何百年かかるか分からねェ」

「……で、さっきのゼファー(6位)は?」

「あいつは『暗殺者』だ。技術は高いが、やってることは俺と同じ『個人の殺害』だ。だから序列は低い」


 そこまでは分かる。

 だが、俺には疑問があった。


「だったら、なんでお前の背負ってるギガント(5位)の方が、ゼファーより順位が上なんだ? こいつ、知性もないただの暴走怪獣だったろ? 組織への貢献なんてできるのか?」


 俺の指摘に、アグニは苦笑いを浮かべた。


「そこがミソだ。……いいか大将。ゼファーは一人ずつしか殺せねェが、こいつ(5位)は違う」


 アグニは背中のリュックをポンと叩いた。


「『無限再生』と『無限捕食』。……こいつには寿命も、満腹もねェ。一度野に放てば、勝手に増殖して、国だろうが大陸だろうが物理的に食い尽くす。『自動的に世界を終わらせる』って意味じゃ、小賢しい暗殺者(ゼファー)より貢献度は上なんだよ」


 なるほど。

 「知性」があるかどうかではなく、「世界を滅ぼすスピードと確実性」でランクが決まるのか。


 だが、アグニの話はそこで終わらなかった。

 彼の声が、急激に低くなる。


「……問題は、ここからだ」

「え?」

「5位までは、俺みたいな『火力バカ』か、ギガントみたいな『知性のない災害』だ。……だが、序列4位(No.4)から上は違う」


 アグニが震える声で告げる。


「4位の『人形姫(アリス)』、3位の『聖女(オフィーリア)』、2位の『時空の覇王(クロノス)』……。こいつらは、ギガント並みの『災害規模の破壊力』を持ちながら、ゼファー以上の『悪辣な知能』を持っていやがる」


「力と知恵……その両方を持ってるってことか」


「ああ。……だから、絶対に出会うなよ大将。そいつらは、俺たちとは次元が違う。……話が通じる相手じゃねェ」


 アグニの警告が、重くのしかかる。

 俺たちはまだ、組織の「下っ端」と遊ばされていただけだったのか。


「……報告書には『異常なし』と記載します」


 その時、無機質な声が割り込んだ。

 そこに立っていたのは、佐倉委員長だった。


「佐倉……?」


 彼女はバインダー片手に、俺たちと……そしてさっきまでゼファーがいた空間を、何の感情もない瞳で見つめていた。


「不審者は退去しました。実害はありません。……林間学校の進行を優先します」


「おい、待てよ佐倉! あんな化け物がいたんだぞ!? 『異常なし』なわけあるか!」


 俺は詰め寄ったが、佐倉は瞬き一つしなかった。

 まるで、都合の悪い記憶だけが綺麗に削除されているかのように。


「……カイト君」


 カレンが俺の袖を引いた。

 彼女の赤い瞳が、鋭く佐倉を見据えている。


「無駄よ。……この女、操られてるわ」

「え?」

「脳内から、微弱な魔力の『糸』が伸びているのが見える。……さっきアグニが言ってた、序列4位の『人形姫』……そいつの仕業じゃない?」


 カレンの指摘に、アグニが顔色を変えた。


「マジかよ……。アリスの野郎、もう学園の中に入り込んでやがんのか……?」


 戦慄が走る。

 序列4位。災害級の力と、悪魔の知恵を持つ幹部。

 そいつがすでに、俺たちの日常の内側に『毒』を回している。


「……分かった。今は騒ぐな」


 俺は冷静さを装い、二人を制した。

 ここで佐倉を問い詰めても、彼女を操っている黒幕に気づかれるだけだ。

 それに、まだ確証がない。


「予定通り、オリエンテーリングを続けるぞ。……だが、警戒レベルは最大だ。敵はまだ俺たちを『舞台』の上に乗せているつもりらしいからな」


「……へっ。了解だ、大将」


 アグニがニヤリと笑い、レンも「頼もしいね」と肩をすくめた。

 レンの笑顔はいつも通りだ。

 アグニの話を聞いても動じていないあたり、やはりこいつも相当肝が据わっている。


 こうして、俺たちの長くて短い林間学校は、一応の終わりを迎えた。

 だが、アグニの言葉が頭から離れない。


 『災害』と『知能』を併せ持つ、上位の怪物たち。

 その頂点に立つ『クロノス』や『組織のボス』は、一体どんな顔をして、この世界を見下ろしているのだろうか。

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