第35話:雨上がりの追撃戦

 翌朝。

 あれほど激しく叩きつけていた雨は上がり、雲の切れ間から朝日が差し込んでいた。

 だが、森を覆う白い霧は晴れるどころか、湿気を吸ってより一層濃くなっている気がした。


「……ふわぁ。よく寝た」


 俺が目を覚ますと、腕の中にあったはずの温もりは消えていた。

 カレンはすでに起きており、窓際で外の様子を伺っていた。

 その横顔は凛としていて、昨夜の弱々しい少女の面影はない。


「おはよう、カイト君。……昨日のことは、忘れなさいよ」

「おはよう。……まあ、善処するよ」


 カレンは顔を赤らめて睨んできたが、その瞳には力が戻っていた。

 メンタルは安定しているようだ。


「おう、大将! 起きたか!」


 キッチンから、元気な声が飛んできた。

 アグニだ。

 彼は左腕をぐるぐると回しながら、フライパンで何かを焼いている。


「アグニ、肩は大丈夫なのか?」

「おうよ! あの氷女……じゃなくて、天堂のおかげで痛みも引いたぜ。まだ全快とはいかねェが、喧嘩くらいなら余裕だ」

「無理はするなよ……」


 さすがの回復力だ。

 カレンの『絶対零度』による冷却治療が、炎症を完璧に抑え込んだのだろう。


「朝飯できたぞー。冷蔵庫にあった残りの食材で適当に作ったけど」


 レンが皿を運んでくる。

 スクランブルエッグにベーコン、トースト。

 こいつも本当にマメなやつだ。こんな極限状況でも「日常」を維持しようとしてくれている。


「サンキュ、レン。……食べたら、出発だ」

「ああ。……行くんだな、あいつを倒しに」


 レンの表情が引き締まる。

 俺は頷き、コーヒーを飲み干した。


「このまま籠城していてもジリ貧だ。霧が濃いうちに、こちらから仕掛ける」

「勝算はあるのか? 相手は姿が見えないんだぞ」

「ある」


 俺はカレンを見た。

 彼女は不敵に微笑み、指先で小さな氷の結晶を作り出した。


「昨日の夜、カイト君と『いちゃいちゃ』をして思いついたのよ」

「作戦会議な」


 俺は咳払いをして、地図を広げた。


「敵の能力は『透明化』と『気配遮断』だ。だが、実体そのものが消えているわけじゃない。雨上がりのぬかるんだ地面なら、足跡はつくし、草木を揺らす音もする」

「なるほど。聴覚と痕跡で追い詰めるってわけか」

「それだけじゃない。……俺たちには『最強の魔法使い』がいるからな」


 俺の言葉に、カレンが胸を張る。


「ええ。この私が本気を出せば、あんなコソ泥、一瞬で見つけ出してあげるわ」


                ◇


 朝食後、俺たち1班は再び『霧幻の森』へと足を踏み入れた。

 空気はひんやりとしており、視界は悪い。


 だが、昨日のような恐怖はない。

 今の俺たちには、明確な「殺意」がある。


「――レン、右後方を警戒。アグニは正面の藪を焼き払う準備。カレンは上空を抑えろ」

「了解!」

「おう!」

「分かったわ」


 俺は『英雄の器』をフル稼働させながら、部隊を指揮する。

 敵は必ず来る。

 昨夜の襲撃に失敗し、手負いのアグニを仕留め損ねたことを焦っているはずだ。


 ザッ、ザッ……。


 俺たちがわざと足音を立てて進む。

 これは囮だ。

 敵が「隙だらけの獲物」だと思って近づいてくるのを待つ。


 10分後。

 変化は唐突に訪れた。


 ピクリ。

 俺の『英雄の器』の隅に、微弱なノイズが走った。


 ――――――――――――――

 【警告:殺気感知】

 ■ 方向:左斜め後方

 ■ 距離:15m

 ――――――――――――――


 来た。

 あえて俺たちの死角を選んで。


 ヒュッ!!

 風切り音と共に、透明な凶器がアグニの背中へ飛来する。

 だが――。


「読めてるんだよッ!!」


 アグニが振り返りざまに、右腕を薙ぎ払った。

 

 ボォォォォォッ!!


 爆炎が走り、飛来したナイフを空中で叩き落とす。

 同時に、炎の熱風が周囲の霧を一瞬だけ晴らした。


「ッ!?」


 揺らぐ陽炎の向こうに、驚愕に目を見開く黒い人影が見えた。

 ゼファーだ。


「見つけたぞ!!」

「カレン!!」


 俺の合図より早く、カレンが動いていた。


「逃がさないわよ……! 『氷結牢(ニブルヘイム)』!!」


 パキパキパキパキッ!!

 カレンが地面に手を叩きつけると、ゼファーの周囲の地面から巨大な氷の棘が一斉に突き出した。

 360度、逃げ場のない氷の檻。


「ちぃッ……!」


 ゼファーが舌打ちし、上空へ跳躍して逃げようとする。

 だが、そこは俺の計算通りだ。


「上は塞いである」


 俺の影から伸びた黒い鎖が、空中のゼファーの足を正確に捕らえた。

 ノクティスだ。


「――捕まえたわよ、ネズミさん」


 ドォォォン!!

 ゼファーは地面に叩きつけられ、カレンの氷とノクティスの影によって、完全に拘束された。


 勝負ありだ。

 俺たちは、ついに見えない敵を追い詰めた。

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