第34話:雨と、密室と、二人きり
深夜2時。
バンガローの屋根を叩く雨音は、未だ止む気配がない。
1階のリビングでは、アグニがソファで泥のように眠り、レンも床に敷いた寝袋で静かに寝息を立てていた。
俺は見張りの当番として起きていたが、今のところセンサー(英雄の器)に反応はない。
あの透明な暗殺者も、この豪雨の中では身動きが取れないのだろう。
「……ふぅ」
俺は小さく息を吐き、少し仮眠を取ろうと壁に寄りかかった。
その時だった。
ヒタ……ヒタ……。
廊下から、微かな足音が聞こえた。
俺は瞬時に警戒態勢を取る。
敵か? いや、気配が違う。この冷たくて、どこか甘い魔力の香りは――。
ガチャリ。
リビングの扉が開き、白いパジャマ姿の少女が入ってきた。
カレンだ。
彼女は枕を抱きしめ、暗闇の中で青白く光る瞳で俺を見つけた。
「……カレン? どうした、トイレか?」
「違うわよ」
カレンは不機嫌そうに唇を尖らせ、スタスタと俺の方へ歩いてくる。
そして、何の前触れもなく、俺が座っているブランケットの中へと潜り込んできた。
「うわっ!? ちょ、カレン!?」
「静かにして。……アグニたちが起きるでしょ」
カレンは俺の胸元に顔を埋め、ギュッと抱きついてきた。
パジャマ越しに伝わる体温は、驚くほど冷たい。まるで雪女だ。
「寒いんだ。……部屋の暖房、壊れてるのか?」
「ううん。……心が、寒いの」
カレンは弱々しい声で呟いた。
「目をつぶると、思い出すの。……カイト君が襲われた瞬間を。もしあの時、あの刃がカイト君の首を跳ねていたらって考えると……魔力が暴走しそうになって、眠れないの」
彼女の身体が小刻みに震えている。
恐怖。喪失への不安。
それが彼女の魔力(絶対零度)の源泉であり、同時に彼女を苦しめる呪いでもある。
「……だから、充電させて」
カレンは俺の服を掴み、さらに強く密着してきた。
俺の体温を貪るように、冷たい肌を擦り付けてくる。
「……分かった。気が済むまでこうしてていいよ」
「ん……」
俺は拒絶せず、彼女の背中に手を回して、ゆっくりと撫でた。
カレンの髪からは、いい匂いがした。
しばらくすると、彼女の震えは止まり、冷たかった体温が少しずつ温かくなっていくのが分かった。
「……ねえ、カイト君」
「ん?」
「約束して。……絶対に、私の前からいなくならないって」
カレンが顔を上げ、濡れた瞳で俺を見つめる。
「私、カイト君がいなくなったら……きっと、この世界なんてどうでもよくなっちゃう。全部凍らせて、砕いて、壊してしまうかもしれない」
それは脅しではなく、彼女の本心からの悲痛な叫びだった。
魔王の片鱗。
彼女を繋ぎ止めているのは、世界への愛着ではなく、俺という唯一の「理解者」への執着だけだ。
「……ああ、約束する。俺は死なないし、お前のそばにいるよ」
俺は彼女の目を見て、力強く頷いた。
嘘じゃない。
そのために、俺は未来から戻ってきたのだから。
「……嘘つき」
「え?」
「カイト君の目、たまに遠くを見てる。……まるで、私の知らない『未来』と戦ってるみたい」
カレンは鋭い。
彼女は俺の頬に冷たい手を添え、寂しげに微笑んだ。
「でも、今は信じてあげる。……だから、朝まで離さないでね」
そう言うと、カレンは再び俺の胸に顔を埋め、安心したように目を閉じた。
やがて、規則正しい寝息が聞こえてくる。
俺は眠る彼女を抱き締めながら、窓の外を見た。
雨はまだ降り続いている。
この安らぎは、嵐の中の一瞬の静寂に過ぎない。
夜が明ければ、また「見えない敵」との戦いが始まるのだ。
だが、今はただ、この温もりを守ろう。
あの絶望の未来を回避するために、神様がくれた最初で最後のチャンス。
(二度目はない。……絶対に、失敗してたまるか)
俺はカレンの頭に顎を乗せ、闇の中で決意を固めた。
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