第28話:リュックの中の暴食
林間学校、出発当日の朝。
校庭には大型バスが数台並び、生徒たちの賑やかな声が響いていた。
だが、俺とアグニだけは顔色が死んでいた。
「……おい、大将。マジでこれで行くのか?」
「静かにしろ。……自然に振る舞うんだ」
アグニの背中には、パンパンに膨れ上がった登山用の巨大リュック。
その中には、着替えでもお菓子でもなく――5歳児が入っている。
「うぅ……せまい。……くらい」
「ッ! おいガンマ、声出すな! 見つかったら俺もお前も終わりだぞ!」
アグニが小声でリュックに向かって囁く。
傍から見れば完全に不審者だ。
俺たちの班である1班は、カレン、アグニ、レン、そして俺の4人。
カレンは涼しい顔でバスの入り口に立っているが、その周囲にはやはり氷の結界が張られており、他の生徒が近寄れないでいる。
「おはよう、カイト。……アグニは随分と大荷物だな?」
レンが爽やかに話しかけてきた。
こいつは何も知らないはずだ。
「あ、ああ! アグニの奴、心配性でさ! 枕が変わると眠れないらしくて、家の枕を3つくらい持ってきたんだよ!」
「へえ、意外と繊細なんだな」
レンは疑う様子もなく笑った。
よし、親友の目は誤魔化した。
あとはバスに乗り込むだけだ。
だが、その時。
バスの入り口に、一人の女子生徒が立ちはだかった。
「ストップ。……1班の皆さん、乗車前に手荷物確認を行います」
眼鏡をくいっと上げた真面目そうな少女。
クラス委員長の佐倉さんだ。
彼女は今回の林間学校の実行委員も兼ねており、その真面目さはクラスでも有名だった。
「佐倉……。確認って、しおりには書いてなかったぞ?」
「理事長からの通達です。最近、不審者情報が多いので、危険物の持ち込みがないかチェックするようにと」
神代レイ……!
あの人、俺に任務を与えておきながら、こういう罠も仕掛けてくるのか!
いや、単にセキュリティ意識が高いだけかもしれないが、今の俺たちには致命的だ。
「さあ、まずはアグニ君。その異常に大きなリュックを開けてください」
「あァ!? ふ、ふざけんな! これは俺のプライバシーだ!」
「プライバシーで危険物は隠せません。……中で何か『動いて』いるように見えますが?」
鋭い。
佐倉委員長の目が光る。
リュックの中でガンマがモゾモゾしているのがバレたか。
「こ、これはアレだ! 電動マッサージ機だ! 肩こりが酷くてな!」
「高校生が林間学校にマッサージ機? ……怪しいですね。開けなさい」
佐倉が一歩も引かない。
アグニが冷や汗ダラダラで俺に助けを求めてくる。
マズい。ここでリュックを開けられたら、中から幼児が出てくる。
「誘拐」で即通報だ。
その時。
「――ねえ、いい加減にしてくれない?」
カレンが割って入った。
その声は絶対零度。
彼女は佐倉を冷たく見下ろした。
「早く出発したいの。貴女のその無駄な正義感で、私たちの時間を奪わないでくれる?」
「て、天堂さん……。でも、規則は規則です」
「規則? 私がルールよ。……それとも、凍らせて荷物ごとバスに積み込んであげましょうか?」
パキパキパキ……。
カレンの足元からバスのタラップにかけて、霜が広がる。
佐倉の眼鏡が曇り、彼女は青ざめて後ずさった。
「っ……! わ、分かりました。……天堂さんがそこまで言うなら」
佐倉は悔しそうに唇を噛み、道を譲った。
「その代わり、何かあったら連帯責任ですからね!」
「はいはい。……ほら行くわよ、カイト君」
カレンが俺の手を引き、バスへと乗り込む。
アグニも「助かったぜ……」と呟きながら、逃げるように続いた。
(……怖かった)
カレンの「魔王ムーブ」に助けられたが、佐倉委員長のあの執拗なチェック。
ただ真面目なだけならいいが、まるで「何かを見つける」ことが使命であるかのような気迫だった。
バスの座席に座り、俺は窓の外を見た。
佐倉が、スマホで誰かにメッセージを送っているのが見えた。
……報告?
いや、考えすぎか。彼女はただの真面目な委員長だ。
その視線の先。 隣の2号車のバスに乗り込もうとしている、一人の女子生徒と目が合った。
神楽(かぐら)緋月(ヒヅキ)。
黒髪ロングの、どこか儚げな少女。よく保健室で見かける子だ。
彼女は俺の方を向いていたが、なぜか焦点が合っていない。 俺の顔ではなく、俺の「背後の空間」を愛おしそうに見つめている。
そして、ふわりと花が咲くように微笑むと、何もない虚空に向かって小さく手を振った。
「……?」
俺は思わず振り返った。 だが、俺の後ろには誰もいない。ただ校舎の壁があるだけだ。 あいつ、誰に手を振ったんだ?
「……?」
「カイト、何見てるんだ?」
隣の席に座ったレンが、ペットボトルのお茶を差し出してくる。
「いや、なんでもない。……ありがとな、お茶」
「おう。……さあ、楽しい林間学校の始まりだな」
レンがニカっと笑う。
バスのエンジンがかかる。
リュックの中の幼児、魔王、スパイの親友、そして監視者の委員長。
役者は揃った。
バスは、霧の立ち込める森へと走り出した。
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