第2章:虚飾の学園と、見えざる刃編
第26話:神代レイという男
その部屋は、まるで王の謁見室のようだった。
床には深紅の絨毯が敷き詰められ、壁一面の本棚には古今東西の書物が並んでいる。
そして、部屋の奥。
巨大な執務机の向こうに、その男は座っていた。
「やあ。待っていたよ、カイト君」
神代(かみしろ)レイ。
この学園の理事長にして、教育界の若きカリスマ。
整った顔立ちに、銀縁の眼鏡。柔和な笑顔は、見る者を安心させる不思議な包容力に満ちている。
「失礼します……理事長」
俺は緊張で喉を鳴らしながら、ソファーの前の椅子に腰掛けた。
いよいよだ。
地下鉄での一件、そしてアグニやガンマ(元ギガント)の隠蔽。
どこまでバレている?
「堅くならなくていい。今日は『お説教』をしに来てもらったわけじゃないんだ」
神代理事長は立ち上がり、自らポットで紅茶を淹れてくれた。
その手つきは優雅で、無駄がない。
「君には、感謝しているんだよ」
「……感謝、ですか?」
「ああ。先日の地下鉄事故。……君たちが現場にいたことは知っている」
ビクリ、と肩が震える。
やっぱりバレていた。
「だが、警察への報告は私が止めた。『うちの生徒が巻き込まれたようだが、彼らは被害者だ』とね」
「えっ……?」
「君たちは、アグニ君と共にあの場から避難し、他の生徒たちを守ろうとした。……そうだろう?」
神代理事長が、試すように俺の目を見つめる。
俺は一瞬、言葉に詰まった。
「守ろうとした」というのは事実だ。だが、その相手が「怪物」そのものだったことは伏せられている。
彼は、俺たちの嘘(ハッタリ)を信じてくれているのか? それとも、知っていて泳がせているのか?
「……はい。その通りです。俺たちは必死で……」
「うん、それでいい」
神代理事長は満足げに頷き、紅茶を俺の前に置いた。
「私はね、カイト君。この学園の生徒を何より愛しているんだ。君たちが無事で、そして新たな仲間が増えたのなら、細かい事情なんてどうでもいい」
新たな仲間。
それはアグニのことか、それともガンマのことか。
だが、彼の口調には嫌味が一切なかった。
本心から、「生徒が増えて嬉しい」と言っているように聞こえた。
(……すごい人だ)
俺は素直に感動した。
普通の大人なら、もっと問い詰めたり、責任を追求したりするはずだ。
だが彼は、俺たちの事情を察した上で、全てを飲み込んでくれた。
これが、トップに立つ人間の器量というやつか。
「ありがとうございます……! 俺、てっきり退学になるかと……」
「ははは。優秀な生徒を退学になんてするものか。……アグニ君のような『活きのいい』生徒も、最近は少なくて寂しかったからね」
神代理事長は眼鏡の位置を直し、スッと表情を引き締めた。
「さて。今日呼んだのは、君に一つ『頼み事』があったからなんだ」
「頼み事……ですか?」
「ああ。君を見込んでの、特別任務だ」
彼は机の引き出しから、一枚のプリントを取り出した。
『1年生合同・林間学校のしおり』と書かれている。
「来週から始まる林間学校。……実は、少し良くない噂があってね」
「噂?」
「最近、学園の周辺で不審な『影』が目撃されている。……君も知っているかもしれないが、この街には時折、常識では説明のつかない現象が起きる」
彼は言葉を濁したが、俺にはピンと来た。
『七つの大厄災』の残党か、あるいは別の怪物か。
「警察に頼んでもいいが、彼らが動くと生徒たちが動揺する。……そこでだ」
神代理事長は身を乗り出した。
「カイト君。君に、林間学校での『見回り役』をお願いしたい」
「俺が……ですか?」
「君には、危機を察知する鋭い勘があるようだ。アグニ君という強力な友人もいる。……どうだろう? 教師たちの目の届かない場所で、生徒たちを影から守ってくれないか?」
断る理由はなかった。
むしろ、願ってもない申し出だ。
俺の目的はカレンとみんなを守ること。理事長公認で動けるなら、これほどやりやすいことはない。
「……分かりました。引き受けます」
「ありがとう。君ならそう言ってくれると信じていたよ」
神代理事長は破顔し、俺の手を固く握った。
温かい手だ。
俺はこの時、心底思った。
この人のためにも、学園の平和を守らなければ、と。
「では、頼んだよ。……期待しているからね」
◇
カイトが退室した後。
静まり返った理事長室で、神代レイは紅茶を一口啜った。
「……チョロいねぇ」
先ほどまでの聖人のような笑顔は消え失せ、そこには冷徹な観察者の顔があった。
彼は指先で、机の上のチェスピースを弾いた。
「『暴食』と『紅蓮』は抜かれたか。……まあいい。所詮は捨て駒だ」
彼は窓の外、校庭を歩くカイトの背中を見下ろし、愉しげに口角を吊り上げた。
「さて、次のステージは『森』だ。……カイト君。君がどこまで『見えない敵』に抗えるか、見せてもらおうか」
彼が指差した先。
部屋の隅の暗がりから、音もなく『何か』が滲み出した。
人の形をした、濃密な影。
「――行け。……『ゼファー』」
影は無言で一礼し、床へと溶けるように消えた。
その脚本を書いているのが誰かも知らず、英雄は意気揚々と死地へ向かうのだった。
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