第22話:生徒会長は疑っている

 翌日。1年A組の教室は、いつもとは違う種類の緊張感に包まれていた。


 授業中。

 俺の席から見て、アグニの様子がおかしい。

 彼はいつものようにふんぞり返っているが、その額には大量の脂汗が浮かんでいる。そして時折、自分の足元に向かって、ボソボソと何かを囁いているのだ。


「(……おい、静かにしろ。動くな)」

「(……うぅ、たいくつ)」

「(あとで購買のパンやるから! 今は我慢しろって!)」


 ……連れてきやがった。

 俺は頭を抱えた。

 アグニの奴、寮に置いておくと家具を食べられるからって、ガンマを学校に連れてきやがったのだ。

 現在、ガンマはアグニの長い学ランの裾と、机の死角に隠れている。


 カレンは涼しい顔で授業を受けているが、俺の影の中のノクティスと机の下にいるガンマという二つの爆弾を抱えた教室は、まさに地雷原だ。


 その時。

 ガララッ……。

 教室のドアが開き、授業が中断された。


「失礼するよ。少し、連絡事項があってね」


 爽やかな声と共に現れたのは、教師ではない。

 黄金の髪をなびかせた生徒会長、レオナードだ。

 クラス中の女子が色めき立ち、男子が畏怖で背筋を伸ばす。


 俺とアグニだけが、心臓を止まらせた。


「……会長? どうしたんですか、わざわざ1年の教室に」


 担任教師が尋ねると、レオナードは教卓に立ち、教室全体を見渡した。

 その碧眼が、レーダーのように生徒一人一人をスキャンしていく。


「実は、近隣で『迷子』の目撃情報があってね。5歳くらいの男の子なんだが……もし校内で見かけたら、すぐに生徒会に知らせてほしい」


 迷子捜索。

 名目はそうだが、これは「昨日の怪物の残滓」を探すための巡回だ。彼の直感は、怪物がこの学校に関係していると疑っている。


「……ふむ」


 レオナードの視線が、教室の後方――俺たちのエリアで止まった。


「アグニ君。……顔色が悪いようだが、大丈夫かい?」


 ギクリ。

 アグニが硬直する。


「あ、あァ……? 別に何でもねェよ。昨日のカツ丼が当たっただけだ」

「そうか。……ところで、君の足元から『ガサゴソ』という音が聞こえる気がするんだが」


 レオナードがゆっくりと歩き出す。

 教壇を降り、机の間を通り抜け、アグニの席へと近づいてくる。

 一歩、また一歩。

 処刑人の足音が近づく。


 (ヤバい!)

 ガンマが見つかれば終わりだ。「なんで怪獣が子供になってるんだ?」という尋問から始まり、昨日の嘘も全部バレる。


 レオナードがアグニの机の前で立ち止まった。


「……何か、隠しているのかな?」


 レオナードが屈み込み、机の下を覗き込もうとする。

 その瞬間。


 グゥゥゥ〜〜〜〜〜!!


 教室中に響き渡るような、野太い腹の音が鳴った。

 机の下のガンマだ。限界を迎えた腹の虫が咆哮したのだ。


「……おや?」


 レオナードが目を丸くする。

 アグニの顔が真っ赤に染まる。

 俺はとっさに立ち上がり、叫んだ。


「す、すみません会長! アグニの奴、早弁しようとして失敗したんです!」


「……早弁?」

「はい! 朝から何も食べてなくて、腹が減りすぎて……机の下でパンを隠し食いしようとしてたんです! その音です!」


 苦しすぎる言い訳だ。

 だが、俺はアグニに目配せを送った。乗れ! 恥を捨てろ!


「あ、あァ……! そ、そうだ! 腹減って死にそうだったんだよ! 悪かったな!」


 アグニが開き直って叫んだ。

 クラス中が「あの凶悪な転校生が早弁……?」とざわつく。

 レオナードは数秒間、アグニと俺を交互に見ていたが――やがて、吹き出した。


「ふ、ふふっ……! あはははは!」


 爽やかな笑い声が響く。


「そうか、育ち盛りだね。……疑ってすまない。てっきり、猫か何かを拾って隠しているのかと思ったよ」


 レオナードは涙を拭いながら立ち上がった。


「早弁もほどほどにね。……それと、カイト君」

「は、はい」

「君は仲間思いだね。……いい友人を持ったな、アグニ君」


 レオナードはそれだけ言い残し、笑顔で教室を出て行った。

 ドアが閉まる音がした瞬間、俺とアグニは同時に机に突っ伏した。


「……死ぬかと思った」

「……大将。俺、一生分の恥かいたわ」


 アグニが憔悴しきった顔で呟く。

 机の下からは、状況を理解していないガンマが、アグニの靴下をモグモグと噛んでいる感触が伝わってきているらしい。


 だが、これで危機は去ったわけではない。

 レオナードは「猫か何か」と言った。

 まだ、俺たちが何かを隠しているという疑いは晴れていない。

 

 そして何より。

 俺の影の中で、ノクティスが「ふふっ、傑作」と笑っているのと、隣の席のカレンが「カイト君がアグニを庇った……浮気?」と不穏なオーラを出しているのが、新たな地獄の始まりを告げていた。

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