第21話:氷の絶対零度、影の不協和音
アグニとガンマを寮に残し、俺とカレンは帰路についていた。
夕暮れの帰り道。並木道には長い影が伸びている。
その「俺の影」の中から、クスクスという含み笑いが聞こえ続けていた。
「……ねえ、カイト君。いつまで居座らせるつもり?」
隣を歩くカレンの声が、物理的に冷たい。
彼女の足元の地面が、パキパキと霜で白く染まっていく。
「出て行きなさいよ、ストーカー。そこは貴方の家じゃないわ」
「あら、家賃なら払うわよ? ……『愛』で」
影の中からノクティスの声が返る。
「それに、ここが一番安全なのよ。レオナードの『眼』をごまかすには、カイト君の影が最適なんだから」
「言い訳ね。……カイト君と密着したいだけのくせに」
「ふふ、バレた?」
ドォォォッ!!
カレンの背後から、無数の氷の槍が出現し、俺の影目掛けて殺到する。
「うわぁっ!? カレン、やめろ!」
俺は慌てて横に跳んだ。
アスファルトに氷槍が深々と突き刺さる。通行人がいたら大惨事だ。
「カレン! 街中だぞ! レオナードに見つかったらどうするんだ!」
「だって……! その女が、カイト君の影の中で……あんなことやこんなことしてると思ったら……!」
「してないわよ。ただ膝抱えて座ってるだけ」
影からノクティスが顔だけ出して、ベーッと舌を出した。
「悔しかったら貴女も入ってくれば? ……ああ、無理ね。『氷の女王』様は、自身の魔力が強すぎて影空間には入れないもの」
「ッ……殺す!」
カレンの瞳が赤く発光する。
マズい。完全に頭に血が上っている。メンタルゲージが不安定だ。
俺は冷や汗を拭い、カレンの肩をガシッと掴んだ。
「カレン、落ち着け! 君が一番だ! 俺は君のことしか見てない!」
「……本当に?」
「本当だ。ノクティスはただの……そう、協力者だ。ビジネスパートナーだ!」
「ビジネス……」
カレンは少しだけ冷静さを取り戻したが、ジト目で俺を見上げた。
「じゃあ、証明して」
「証明?」
「今すぐキスして。……その女が見てる前で」
路上で!?
しかも影の中にストーカーがいる状態で!?
「い、いや、それは流石に……」
「できないの? やっぱり、その女に気があるんだ……」
カレンの周囲の気温が再び下がる。
街路樹の葉が凍りつき、パラパラと落ちる。
これ以上刺激すれば、この通り一帯が氷河期になる。
(やるしか……ないのか)
俺は覚悟を決めた。
世界を救うためだ。羞恥心なんて捨てろ。
「……分かった」
「!」
カレンの顔がパァッと輝く。
俺は震える手でカレンの頬を包み込み、ゆっくりと顔を近づけた。
影の中で「うわ、マジでやる気?」という気配がしたが無視だ。
唇が触れる直前。
「――おや。奇遇だね」
背後から、爽やかすぎて心臓が止まるような声がかかった。
「……ッ!?」
俺とカレンは弾かれたように離れた。
恐る恐る振り返ると、そこにはコンビニ袋を提げた金髪の美少年――レオナードが立っていた。
「か、会長……!?」
「やあ。買い物帰りかい? ……仲が良いのは結構だが、公道での『熱烈なスキンシップ』は程々にね」
レオナードはニコニコしているが、その目は笑っていない。
彼は俺たちの足元――特に「影」をじっと見ている気がした。
「……ところで、カイト君」
「は、はい!」
「君の影……少し『濃い』気がするが、気のせいかな?」
心臓が止まるかと思った。
バレてる?
いや、確証がないからカマをかけているだけか?
俺の『英雄の器』が警告を発する。
――――――――――――――
【警告:探知の波動】
■ 対象:レオナード
■ 状態:微弱な魔力探知を発動中
■ 回避推奨:『魔力の誤認』を誘発させる
――――――――――――――
(ノクティス! 息を潜めろ! 魔力を完全に断て!)
俺は心の中で叫びつつ、引きつった笑顔で答えた。
「こ、濃いですか? ……ああ、多分それはカレンのせいです!」
「天堂さんの?」
「ええ。彼女、ほら……嫉妬深いから。俺の影すら自分のものだと思ってるみたいで、魔力を纏わせてるんですよ。……ね、カレン?」
俺はカレンに話を振った。
カレンは一瞬キョトンとしたが、すぐに話を合わせた。
というか、本音を言った。
「ええ、そうよ。カイト君の影も、足跡も、吐いた二酸化炭素も全部私のものよ。文句ある?」
「…………」
レオナードがポカンとした顔になる。
あまりの重すぎる愛によるヤンデレ発言に、流石の最強剣士も毒気を抜かれたようだ。
「……そ、そうか。それは……情熱的だね」
彼は苦笑いして、視線を外した。
「勘違いですまなかった。……では、気をつけて帰るように。最近、物騒な『迷子』もいるようだしね」
レオナードは意味深な言葉を残し、去っていった。
迷子。
間違いなく、行方不明になったギガント、すなわち幼児化したガンマのことだ。
彼はまだ、捜索を諦めていない。
「……行ったか」
俺はその場に崩れ落ちた。
今日だけで何度心臓が止まりかけたか分からない。
「危なかったわね。……でも、おかげでキスし損ねたわ」
カレンが不満げに唇を尖らせる。
影からは「ざまあみろ」という気配が伝わってくる。
俺の日常は、前途多難なんてレベルじゃなかった。
綱渡りのロープが燃えているようなものだ。
「帰ろう、カレン。……今日はもう、限界だ」
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