第20話:お腹を空かせた迷子

 地下鉄での騒動から数時間後。

 俺たちは人目を避け、学園の裏手にある「特別寮」の一室――アグニの部屋に転がり込んでいた。


「……たく、なんてザマだ」


 アグニがベッドの上に、ぐったりと眠る5歳児(元・巨大怪獣)を寝かせ、深いため息をついた。


「拾ったはいいが、どうすんだよこいつ。警察に突き出すわけにもいかねェし」

「突き出したら解剖されるか、あるいは組織に回収されて再利用されるだけだ。……ここで匿うしかない」


 俺は椅子に座り込み、天井を仰いだ。

 どっと疲れが出た。だが、頭の中は冷え切っている。


 (……これで、二人目だ)


 俺は眠る少年を見つめながら、今の状況を反芻する。

 俺の目的はただ一つ。カレンが「魔王」として覚醒する未来を回避することだ。

 そのためには、カレンの精神を安定させるだけでは足りない。彼女を魔王に仕立て上げようとする敵対組織――『七つの大厄災』を無力化する必要がある。


 奴らは、カレンに絶望や過剰な魔力を与え、強制的に「器」を壊そうとしてくる。

 だからこそ、俺が先手を打つ。

 奴らがカレンにぶつけるはずの「駒」を、先に俺が奪うのだ。


 アグニ(炎)と、ギガント(暴食)。

 組織の主力級を二人も引き抜けば、それだけカレンへの負担は減る。

 これは、盤面をひっくり返すオセロゲームだ。


「……カイト君。この子、起きたみたいよ」


 カレンの声で我に返る。

 ベッドの上で、少年がもぞもぞと動き出し、パチリと目を開けた。

 黒い瞳が、キョロキョロと部屋を見回す。そして、俺と目が合った。


「……だれ?」

「俺はカイト。こっちはカレン。……で、その怖い顔のお兄ちゃんがアグニだ」

「あぐに……?」


 少年がアグニを見る。

 記憶があるのかないのか、少年はアグニの赤い髪を見ると、安心したようにへにゃりと笑った。


「あぐにだ。……あったかい」

「ッ……! だ、誰が怖い顔だコラ!」


 アグニが顔を真っ赤にしてそっぽを向く。

 やはり、元同僚としての絆のようなものが残っているらしい。


「名前は分かるか? ギガント……でいいのか?」

「ぎがんと……? ちがう」


 少年は首を振った。


「ぼく、ガンマ。……ぎがんとは、お仕事のなまえ」

「ガンマか。いい名前だ」


 コードネームではなく、本名があったのか。

 組織に「番号」で呼ばれていただけかもしれないが、少なくとも「ギガント」と呼ぶよりはずっといい。


「で、ガンマ。……お腹はどうだ?」

「……ペコペコ」


 グゥ〜〜〜。

 部屋の空気が震えるほどの、盛大な腹の虫が鳴った。

 ただの空腹じゃない。魔力枯渇による飢餓状態だ。何か食べさせないと、また暴走しかねない。


「アグニ、何か食うものあるか?」

「あァ? カップ麺とスナック菓子しかねェぞ。……あと、冷蔵庫にプリンが一個」

「全部持ってこい!」


 数分後。

 テーブルの上には、アグニの備蓄食料が山と積まれた。

 ガンマは目を輝かせ、猛烈な勢いで食べ始めた。

 ポテトチップスを袋ごと飲み込み、カップ麺を汁ごと吸い込み、プリンをスプーンごと齧る(慌てて止めた)。


「すげェ食欲だな……見てるだけで腹減ってくるぜ」

「食べた分だけ、魔力に変換してるのね。……燃費の悪い子」


 カレンが呆れつつも、指先から小さな氷砂糖を作ってガンマに渡してやっている。

 文句を言いながらも、カレンもまた根は優しいのだ。

 (カイト君以外はどうでもいいと言いつつ、子供には甘い。……そういうとこだぞ、未来の魔王様)


「……ふぅ。ごちそうさま」


 ものの数分で食料を食い尽くし、ガンマは満足げに腹をさすった。

 とりあえず、再暴走の危険は去ったようだ。


「よし。問題はこれからだ」


 俺は腕組みをして、アグニに向き直った。


「アグニ。しばらくの間、こいつをお前の部屋に置いてやってくれないか」

「はァ!? 俺にかよ!?」

「俺の家にはカレンがいる。……これ以上、同居人が増えたらカレンが何するか分からない」

「カイト君との愛の巣に異物は不要よ。……見つけ次第、凍らせて庭のオブジェにするわ」

「……だ、そうだ」


 アグニはカレンの冷徹な目を見て、「ヒッ」と引きつった。


「わ、分かったよ! 俺が見りゃいいんだろ! ……元々、組織でも俺がこいつの世話係みたいなモンだったしな」

「助かる。食費は俺も出す」

「ケッ、いらねェよ。……大将の命令だからな。それに」


 アグニは、満腹で船を漕ぎ始めたガンマの頭に、乱暴だが優しく手を乗せた。


「……こいつはもう、組織の道具じゃねェ。俺の舎弟だ。兄貴分として、面倒見てやるよ」


 頼もしい言葉だ。

 これで、第五の厄災『暴食』の確保は完了した。


 だが、安心するのはまだ早い。

 俺たちの影の中には、まだもう一人、厄介な「同居人」が潜んでいるのだから。


「……ねえ、カイト君」


 不意に、俺の足元の影から、ねっとりとした声が響いた。

 ノクティスだ。


「家族ごっこもいいけど……私への『支払い』、忘れてないわよね?」


 カレンの眉がピクリと跳ね上がる。

 部屋の温度が急激に下がった。


 ……前言撤回。

 問題は山積みどころか、これからが本番だった。

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