第15話:影の魔女と、三つ巴の予兆

 死を覚悟した俺の目の前で、振り下ろされたギガントの剛腕が「影」に縫い止められていた。


「……あらあら。随分と無様なダンスを踊っているじゃない、カイト君」


 俺の足元の影が沼のように広がり、そこから妖艶な黒衣の美女がせり上がってくる。

 長い黒髪、病的なまでに白い肌。そして、全てを見透かすような紫色の瞳。


「だ、誰だ!?」

「詳しい挨拶は後。……今は逃げるのが先よ」


 彼女が指を鳴らすと、俺たちの足元の影が一気に膨張し、俺、カレン、アグニの三人を飲み込んだ。


「うわぁっ!?」


 浮遊感。視界が暗転し、次の瞬間には景色が変わっていた。

 そこは崩落現場から数百メートル離れた、地下鉄の変電室だった。

 空間転移――いや、『影渡り』か?


「……ふゥ。ここなら少しは落ち着いて話せるかしら」


 美女は優雅に微笑んだ。

 だが、即座に絶対零度の殺気が彼女に向けられる。


「――離れなさい、泥棒猫」


 カレンだった。

 彼女は俺の腕を掴んで引き寄せると、氷の剣を生成して美女の喉元に突きつけた。


「カイト君の影の中から出てくるなんて……不潔。死んで償え」

「あら怖い。……助けてあげたのに、恩を仇で返すのね。『氷の女王』さん?」


 美女は氷の切っ先を指先で軽く逸らし、クスクスと笑った。


「紹介が遅れたわね。私の名はノクティス。……貴方のストーカーよ、カイト君」

「ス、ストーカー!?」

「ええ。貴方の寝顔も、入浴中の鼻歌も、全部知ってるわ」


 背筋が凍った。カレンとは別ベクトルのホラーだ。

 俺の『英雄の器』が、彼女のステータスを表示する。


 ――――――――――――――

 【対象:ノクティス】

 ■ 二つ名:境界の魔女

 ■ 能力:影操作、亜空間潜伏

 ■ 危険度:測定不能(回避特化)

 ■ 思考ログ:

 『カイト君いい匂い』

 『カレンちゃん邪魔』

 『でも今は協力してあげてもいい』

 ――――――――――――――


「……おい大将。こいつもヤベェ奴だ。匂いで分かる」


 アグニが警戒心を露わにしながら、壁にもたれかかる。

 俺は冷や汗を拭いながら、状況を整理した。

 ギガントは暴走中。俺たちはボロボロ。そこに現れた謎のストーカー魔女。


「ノクティス、さん。……目的は何だ? 俺たちをどうする気だ」

「取引をしましょう」


 ノクティスは俺に近づき、耳元で囁いた。


「あの『暴食』の怪物……ギガント。今の貴方たちじゃ倒せないわ。物理も魔法も食べて進化する厄介な子だもの」

「倒す方法を知ってるのか?」

「いいえ。でも、私の影能力(シャドウ・バインド)なら、彼の動きを数秒だけ完全に拘束できる。……その隙に、貴方たちが『核』を叩けば勝機はあるわ」


 なるほど。拘束役(バインダー)か。

 アグニがタンク、カレンが火力、俺が指揮。そこに拘束役が加われば、確かにあの化け物とも戦える。


「条件は?」

「簡単なことよ。……今度、私とデートして?」

「却下ッ!!!」


 カレンが即答し、氷の礫を放つ。

 ノクティスはそれを影に潜って回避し、再び俺の背後に現れた。


「決めるのは貴方よ、指揮官さん? このまま全員ギガントの餌になるか、私と手を組むか」


 選択の余地はなかった。

 俺はカレンの暴走をなだめるように手を握り、ノクティスに向き直った。


「……分かった。協力してくれ。デートの件は……あとで検討する」

「ふふ、交渉成立ね」


 こうして、奇妙な4人パーティが結成された。

 俺たちは変電室を出て、再びギガントの暴れるトンネルへと向かおうとした。

 その時だ。


 ピタリ。

 アグニが足を止め、獣のように鼻を鳴らした。


「……おい、待て。なんか変だぞ」

「どうした、ギガントか?」

「いや……あの腐ったドブの臭いじゃねェ。もっと、こう……肺が焼けるような『清潔な空気』が降りてきやがる」


 清潔な空気?

 地下鉄の澱んだ空気の中で、そんなものが漂ってくるなど異常事態だ。

 俺の背筋に、嫌な予感が走る。

 まさか。

 このタイミングで、最も来てはいけない「彼」が?


 ズズズズズ……。

 頭上の天井――つまり地上の方向から、微かな振動が伝わってくる。

 それはギガントの足音ではない。

 もっと鋭利で、絶対的な、処刑人の足音。


「……カイト君。私も感じるわ」


 カレンの表情から、嫉妬の色が消え、戦慄が浮かんでいた。


「あいつが……降りてくる」


 地下には進化した怪物。

 地上からは最強の正義。

 俺たちの「迷宮攻略」は、ここに来て最悪の「挟み撃ち」へと変貌しようとしていた。

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