第11話:猛獣使いの憂鬱な日常

1年A組の教室は、異様な緊張感に包まれていた。

 担任の教師が黒板に文字を書く音だけが響く中、クラスメイトたちはチラチラと「ある一角」を盗み見ている。


 教室の窓際、一番後ろの席。

 そこは、魔境と化していた。


「……カイト君。あーん」

「いや、授業中だから」

「先生には見えないように結界張ったから大丈夫。ほら、あーん」


 俺の右隣。

 なぜか机を移動させて密着している銀髪の美少女――天堂カレン。

 彼女は教科書を立てて死角を作り、箸で摘んだ手作りのタコさんウインナーを俺の口元に突きつけている。


「……天堂さん。みんな見てるから」

「見せつければいいじゃない。カイト君は私のものだって」

「頼むから自重してくれ……」


 俺が小声で懇願すると、カレンは不満げにウインナーを自分の口に放り込んだ。


 ――――――――――――――

 ■ 脳内思考ログ(カレン):

 『カイト君が食べてくれない』

 『羞恥プレイ? それとも私の料理に毒が入ってるとでも疑ってる?』

 『……次は口移しで食べさせよう』

 ――――――――――――――


 (思考が飛躍しすぎだ!)


 俺が頭を抱えていると、今度は左隣からドスを利かせた声が響いた。


「おい、テメェら。何見てんだコラ」


 赤い髪を逆立てた転校生――アグニが、聞き耳を立てていた前席の男子生徒を睨みつけた。


「大将の顔に何かついてんのか? あァ? 見世物じゃねェぞ」

「ヒッ、ご、ごめんなさい!」

「アグニ、脅すな! あと大将って呼ぶな!」


 俺が注意すると、アグニは「へいへい」と肩をすくめた。


「わりィな大将。つい癖でよ。……舐められたら終わりだろ、この世界は」

「どこの世紀末だよ。ここは平和な進学校だ」


 アグニは机の上に足を放り出し、ポケットから出した潰れたアンパンを齧っている。

 教師も、この凶悪な転校生(しかも理事長推薦の特待生である)には触らぬ神に祟りなしを決め込んでいるようだ。


 右に最強のヤンデレ魔王。

 左に元・大厄災のヤンキー。

 両サイドを爆弾に挟まれた俺に対する、クラスメイトたちの視線は……「同情」ではなく「恐怖」だった。


 (……あいつ、あの天堂カレンと、あの転校生を従えてるぞ)

 (黒幕か? 裏番長か?)

 (関わったら消されるぞ……)


 ヒソヒソという噂話が聞こえてくる。

 違う。俺はただの一般人だ。猛獣使い扱いしないでほしい。


 キーンコーンカーンコーン……。

 昼休みのチャイムが鳴った瞬間、俺の平穏は完全に崩壊した。


「カイト君! お昼よ! 屋上に行きましょう!」

「大将! 購買で一番高いパン(焼きそばパン)奪ってきたぜ!」


 カレンとアグニが同時に立ち上がり、俺の両腕を掴む。


「……離せ! 引っ張るな! 身体が裂ける!」

「カイト君は私と『愛妻弁当』を食べるの!」

「はァ? 大将は俺と『作戦会議』するんだよ。他のクラスの制圧についてな!」


 バチバチバチッ!

 カレンとアグニの視線が交錯し、火花が散る。

 カレンの周囲温度が下がり、アグニの拳が赤熱し始める。


「あなた……新入りの分際で、正妻に盾突く気?」

「正妻だか何だか知らねェがよォ、男には付き合いってモンがあるんだよ。すっこんでな、氷女」


 一触即発。

 教室の気温が乱高下し、窓ガラスにヒビが入る。

 クラスメイトたちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、俺は覚悟を決めて机を叩いた。


「いい加減にしろお前ら!!」


 シーン、と教室が静まり返る。

 俺は震える足で立ち上がり、二人を睨みつけた(つもりだが、内心はビビりまくっている)。


「カレン。弁当は嬉しいが、教室を凍らせるな。アグニ。焼きそばパンは金払って買え。あとシマとかないから」


 俺は大きく息を吐いた。


「……三人で食うぞ。屋上でな」


                ◇


 屋上。

 抜けるような青空の下、俺たちは奇妙なランチタイムを過ごしていた。


 カレンは俺の膝に頭を乗せて(膝枕ならぬ逆膝枕?)、アグニが買ってきた焼きそばパンを不服そうに齧っている。

 アグニは俺の隣であぐらをかき、カレンの弁当の残り(唐揚げ)を盗み食いしては、氷の礫を投げつけられている。


「……意外と平和だな」


 俺は呟いた。

 数日前まで、世界を滅ぼす敵だった連中と、こうして飯を食っている。

 案外悪いことばかりじゃないかもしれない。


「平和だァ? ボケてんじゃねェぞ大将」


 アグニがニヤリと笑い、屋上のフェンス越しに眼下の街を指差した。


「俺の鼻は誤魔化せねェ。……焦げ臭い匂いがしやがる」

「焦げ臭い? 火事か?」

「いや……もっと生臭い、土と鉄の匂いだ。地下からすげェ腹の音が聞こえるぜ」


 アグニの言葉に、俺の心臓が跳ねた。

 地下。空腹。

 未来の記憶が、脳裏をよぎる。


 首都の地下鉄網を崩落させ、数万人を飲み込む「歩く災害」。

 序列第五位・『深淵の暴食』ギガント。


「……そろそろ、時間か」


 俺の手の中のスマホが震えた。

 ニュース速報の通知。

 『地下鉄・大江戸線にて大規模な陥没事故発生。詳細不明――』


 平和な日常は、ここまでだ。

 俺は飲みかけのパック牛乳を一気に飲み干すと、二人の最強問題児たちに号令をかけた。


「行くぞ、二人とも。……課外授業の時間だ」

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