第10話:正義という名の災害
校門前の空気が、ピタリと止まった気がした。
風が凪ぎ、鳥のさえずりが消え、登校中の生徒たちの喧騒さえも遠のいていく。
その中心に、彼はいた。
黄金の髪、抜けるような碧の瞳。
制服を完璧に着こなし、まるで絵画から抜け出してきたかのような美少年。
この学園の生徒会長にして、現代最強の覚醒者――『天剣』レオナード。
「……おはよう、天堂さん。それからカイト君」
レオナードが微笑む。
爽やかな笑顔だ。だが、俺の背筋には氷水をぶっかけられたような悪寒が走った。
生物としての格が違う。
目の前にいるのは人間ではない。「正義」という概念が服を着て歩いているようなものだ。
「あ、あァ……? なんだテメェ、優男が……道を塞いでんじゃねェぞ」
事情を知らないアグニが、ガムを噛みながらレオナードを睨みつけた。
まずい。自殺行為だ。
「――おや。見かけない顔だね」
レオナードがアグニに視線を移した。
ただ、それだけ。
殺気も威圧感もない。
だが、その視線を受けた瞬間、アグニの顔色が真っ青になり、全身から大量の冷や汗が吹き出した。
「ッ……!? (な、なんだコイツ……!?)」
アグニが後ずさる。
野生の獣としての本能が警鐘を鳴らしているのだ。「こいつには勝てない」「噛み付いたら死ぬ」と。
あの狂犬のようなアグニが、震えて動けないだと?
俺は恐る恐る、『英雄の器』でレオナードのステータスを確認しようとした。
――――――――――――――
【対象:レオナード】
■ 称号:天剣の勇者、絶対正義、世界の守護者
■ 戦闘力:測定不能(ERROR)
■ 状態:警戒(レベルMAX)
■ 思考ログ:
『邪悪な気配を感じた』
『硫黄の臭いがする男と、世界を凍てつかせる冷気を感じる』
『学園の平和を乱すなら――今ここで、斬り捨てるべきか?』
――――――――――――――
(斬り捨てる!? 校門で!?)
思考が物騒すぎる。
レオナードの手が、自然な動作で腰に帯びた剣の柄に掛かる。
あれは模造刀に見えるが、彼が握れば核兵器も同然だ。
チャッ……。
鍔がわずかに鳴った音だけで、カレンが即座に反応した。
「……カイト君、下がって」
カレンが俺を背に庇い、レオナードを睨み返す。
彼女の周囲の空間がピシピシと音を立てて歪む。絶対零度の臨戦態勢。
マズい。カレンが本気を出せば、レオナードと激突して学園ごと地図から消滅する。
いや、それ以前に――カレンが魔法を放つ前に、レオナードの「初見殺し」で首が飛ぶ可能性の方が高い。
「待ってくれ! 会長!」
俺は二人の間に割って入った。
心臓が破裂しそうだが、ここで引くわけにはいかない。
「ん? 退いてくれたまえ、カイト君。君の後ろにいる二人は……少し、危険な香りがする」
「危険じゃない! 友達だ!」
俺はレオナードの透き通るような瞳を、真っ直ぐに見据えて叫んだ。
「こいつは今日転校してきたアグニだ。見た目は悪いし口も悪いし頭も悪いが、根はいい奴なんだ!」
「誰が頭わりィだコラ大将!」
「黙ってろ! ……そして彼女は、知っての通りクラスメイトの天堂さんだ。ただちょっと、俺への愛が深すぎて魔力が漏れてるだけなんだ!」
俺は必死に捲し立てる。
論理などどうでもいい。重要なのは、レオナードという「正義」に対し、「俺たちは敵ではない」とアピールすることだ。
彼は「悪」には容赦しないが、「善人」には剣を向けられないはずだ。
「……愛、だって?」
「そうだ! 俺たちは平和な学生だ。会長が剣を抜くような相手じゃない!」
レオナードが瞬きをする。
数秒の沈黙。
永遠にも感じる緊張の後、彼はフッと力を抜いて剣から手を離した。
「……そうか。愛ゆえの魔力漏洩、か。それは失礼したね」
ニコリと笑う。
空気が緩んだ。だが、彼の目は笑っていなかった。
「だが、覚えておいてくれ。僕は生徒会長として、この学園の秩序を守る義務がある」
彼はアグニとカレンを交互に見やり、最後に俺を見た。
「もし、その『友人』たちが道を外れ、誰かを傷つけるようなことがあれば……僕が斬る。たとえ君の友人でも、例外はないよ」
それは明確な死刑宣告だった。
レオナードは爽やかに一礼すると、校舎へと歩き去っていった。
嵐が過ぎ去ったような静寂が残る。
「……ハァ、ハァ……死ぬかと思った……」
アグニがその場にへたり込んだ。
「おい大将、何なんだよアイツ……。本能が『逃げろ』って叫びっぱなしだったぞ。バケモンか?」
「ああ。バケモンだ。正真正銘の、人類最強のな」
俺は冷や汗を拭う。
そして、隣でまだ殺気を消していないカレンの手を握った。
「カレンも、落ち着いてくれ。あいつとは戦っちゃダメだ」
「……不愉快よ。あいつ、カイト君を脅したわ」
「俺のためだ。頼む」
カレンは不満げに頬を膨らませたが、俺が強く手を握ると、すぐに表情を崩した。
――――――――――――――
■ 脳内思考ログ(カレン):
『カイト君にお願いされた!』
『私を止めてくれるカイト君カッコいい』
『あいつを殺すのは、結婚式の後にしてあげる』
――――――――――――――
(殺すのは諦めてないのか……)
前途多難だ。
最強の魔王、そして絶対正義の生徒会長。
この学園は地雷原だらけだ。
俺は胃の痛みを覚えながら、校門をくぐった。
だが、俺は知らなかった。
この接触が、レオナードの中に「ある疑惑」を植え付けてしまったことを。
――『カイト君。なぜ君のような無力な人間が、あの怪物たちの手綱を握れているんだ?』
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