第9話:崩壊の序曲 ――七つの大厄災

 東京の地下、深度2000メートル。

 地図には存在しない、廃棄された地下核シェルターのさらに奥底に、その空間はあった。


 広大な円卓の間。

 照明は落とされ、円卓を囲むように配置された6つの巨大なモニターと、上座にある豪奢な玉座、そして最奥に鎮座する「巨大な培養槽」だけが、青白い魔力光で照らし出されている。


 その場所は、現代社会の裏側で進行する「シナリオ」の執筆室。

 あるいは、世界を終わらせるための作戦会議室。


「――嘆かわしいねぇ。実に嘆かわしい」


 玉座に深く腰掛けた男が、大袈裟に肩をすくめた。

 顔にはピエロのような仮面。声は変声機を通したように歪んでいる。

 この組織の統括者にして、全ての元凶である男だ。


「我らが選りすぐりの特待生、序列第七位・『紅蓮の皇帝』アグニ君が……まさか、あんな無力な少年に飼い慣らされるとは」


 男が細い指を鳴らす。

 空中に巨大なホログラム映像が展開される。

 映し出されているのは、第4工業地区での戦闘記録。

 カイトという少年に「居場所」を提示され、憑き物が落ちたような顔で「大将」と呼ぶアグニの姿だった。


 その映像を見た瞬間、円卓を囲むモニターたちから、一斉にノイズ混じりの嘲笑と罵倒が噴き出した。


『キャハハハハハハッ! 見ましたぁ? 今の間抜けな顔!』


 最初に反応したのは、ファンシーな「熊のぬいぐるみ」のアイコンが表示されたモニターだ。

 序列第四位・『人形姫』アリス。

 幼いが、どこか神経を逆撫でするような甲高い少女の声。


『あーあ、アグニのやつ、ついに脳みそまで筋肉になっちゃったのかな? あんな戦闘力5のゴミ人間に尻尾振っちゃってさぁ! 「大将」だって! ププッ、傑作! これ録画してネットに流していい? ねえボス、いいでしょ?』


『……下品ですわよ、アリス』


 それを遮ったのは、優雅だが冷徹な女性の声だった。

 モニターは真っ暗だが、画面の端から紫色の腐食した霧のようなエフェクトが垂れ流されている。

 序列第三位・『腐食の聖女』オフィーリア。


『ですが……確かに嘆かわしいですわね。誇り高き我らが同胞かと思えば、ただの野良犬でしたの? 男というのは、少し優しくされただけでコロッと落ちる……本当に、吐き気がするほどチョロい生き物ですわ』


『腹……減った……』


 ズズズ、と重低音が響いた。

 ノイズだらけのモニターには、何かが咀嚼される音だけが続いている。

 序列第五位・『深淵の暴食』ギガント。


『肉……焦げた肉……うまそう……』


『ちょっとギガント! 会議中に食事しないでよ! 咀嚼音がマイクに入ってキモいんだけど!』


 アリスがギャーギャーと騒ぎ立てる中、円卓に唯一「実体」として座っている男が、重い口を開いた。

 目深にフードを被り、その表情は影に隠れて見えない。

 序列第六位・『影の暗殺者』ゼファー。


「……静かにしろ、ガキども。ボスの御前だぞ」


 低く、ドスの利いた声。

 その一言で、アリスとオフィーリアが「チッ」と舌打ちをして黙り込む。

 ゼファーは氷のような視線を玉座の男に向けた。


「それで? ボス。裏切り者の処分はどうするんです? 組織の掟に従うなら、俺が今夜にでも首を狩ってきますが」


 ゼファーの指先から、カマイタチのような真空の刃が漏れ出し、円卓を傷つける。

 彼は仕事人だ。命令があれば、かつての仲間でも眉一つ動かさずに始末するだろう。


「いや、待ちたまえ。ゼファー君」


 統括者はワイングラスを揺らしながら、仮面の奥で三日月のように目を細めた。


「これは面白い『エラー』だ。あの少年――カイト君。彼の存在は、私の書いた完璧なシナリオには存在しなかったノイズだ。……いや、スパイスと言ってもいい」


「スパイス、ですか」


「ああ。観客にとっては、予定調和な悲劇よりも、希望が見えた直後に叩き落とされる絶望の方が、より興奮するだろう?」


 統括者の言葉に、ゼファーは肩をすくめた。

 この男の悪趣味な思想にはついていけない、といった様子だ。


「泳がせよう。アグニ君には、カイト君と『仲良しごっこ』を続けてもらう。……彼が、私の最高傑作である『天堂カレン』とどう関わり、どう破滅していくのか……特等席で見せてもらおうじゃないか」


『フン……相変わらず性格が悪いことですわね、ボスは』

『ボクはどうでもいいけどさー。あのアグニって馬鹿、解析データ送ってこないから嫌いなんだよね。死ぬならスマホだけ返してほしいなぁ』


 メンバーたちが好き勝手なことを呟く中。

 これまで沈黙を保っていた、序列第二位のモニターが、静かに光った。

 表示されているのは、時を刻む「砂時計」のアイコン。


『――一つ、忠告しておく』


 加工された機械音声ではない。

 若いが、底知れない知性と覇気を感じさせる青年の声。

 序列第二位・『時空の覇王』クロノス。


『カイトという少年を侮らない方がいい。彼は……イレギュラーだ。アグニを落とした手腕、ただの偶然ではない』


「おや? 組織の実質的なリーダーである君が、あんな無能力者を警戒するのかい? クロノス君」


『警戒ではない。……懸念だ。彼が「あの方」の目覚めに影響を与えるならば、私が自ら時間を止めて排除する』


 クロノスの言葉に、場の空気が凍りついた。

 アリスもオフィーリアも黙り込む。

 序列第二位の実力は、他のメンバーとは隔絶している。彼が動くということは、それは「災害」ではなく「終焉」を意味するからだ。


「フフッ……頼もしいねぇ」


 統括者は満足げに頷くと、円卓の最奥――誰も座っていない「序列第一位」の席、その背後にある巨大な培養槽を見上げた。

 培養液の中には、人らしきシルエットが浮かんでいる。

 無数の管に繋がれ、眠り続ける「何か」。


「まだ、彼を目覚めさせる時ではない。……物語は、順序よく絶望してこそ美しいのだから」


 統括者は立ち上がり、両手を広げた。

 その背後で、培養槽の中の何かが、ドクン、と脈打った気がした。


「さあ、始めようか。第二幕の開演だ。役者は揃った、舞台も整った。あとは……愚かな英雄気取りの少年が、いつ踊り疲れて死ぬかを見届けるだけさ」


 高笑いが地下空間に木霊する。

 それが、これから始まるカイトの過酷な学園生活への、不吉なファンファーレだった。


                ◇


 翌朝。

 そんな世界規模の悪意が自分に向けられているとは露知らず、俺――カイトは、激しい頭痛に襲われていた。


「……なぁ、なんでお前がいるんだよ」


 登校中の通学路。

 俺の右隣には、当然のようにカレンがいる。

 銀髪を朝日に輝かせ、俺の腕にギュッと抱きつきながら「幸せオーラ」を全開にしている。これはいい。いつものことだ(胃は痛いが)。


 問題は左隣だ。

 学ランを着崩し、首元に氷のチョーカーをつけた赤い髪の男――アグニが、ガムを噛みながら並走しているのだ。


「あァ? 冷たいこと言うなよ、大将」


 アグニはニカっと屈託のない笑みを浮かべ、親指で自分を指した。


「今日から俺も、テメェらと同じ高校に通うことになったんだよ。理事長の計らいでな」

「……理事長が?」

「おう。『更生プログラム』の特別奨学生だとよ。話のわかる理事長で助かったぜ! これで四六時中、大将の護衛ができるってもんだ!」


 アグニは忠犬のように胸を張る。

 理事長か。俺たちの学園のトップは、人格者として有名な人物だ。行き場のない覚醒者の保護にも力を入れていると聞くが……まさか、あの『紅蓮の皇帝』まで受け入れる器があるとは。

 (あとでお礼に行かないとな……)


 俺が呑気に感謝している横で、カレンの表情が急速に曇っていくのが分かった。

 絶対零度の殺気が、アスファルトを白く染めていく。


 ――――――――――――――

 【警告:嫉妬レベル上昇】

 ■ 脳内思考ログ(カレン):

 『なんでついてくるの? 邪魔』

 『カイト君の右側は私の指定席。左側も私の予備席。つまり半径2メートル以内は私の領土』

 『他の男が歩くなんて、領空侵犯も甚だしい』

 『……登校中に事故に見せかけて燃やす? いや、カイト君が悲しむか』

 『とりあえず、今日の給食のカレーに液体窒素を入れておこう』

 ――――――――――――――


 (物騒! やめて! 給食のおばちゃんが泣く!)


 俺は心の中で絶叫しながら、暴走しかけるカレンの頭を撫でて宥める。

 平和だ……いや、平和なのか?

 アグニを仲間にした結果、戦力は増えたが、学園生活の難易度が逆にハードモードになった気がする。


 だが、俺はまだ気づいていなかった。

 この学園には、アグニや嫉妬深いカレン以上に厄介な――人類最強の「正義の味方」が待ち構えていることを。


 校門の前。

 爽やかな笑顔で生徒たちに挨拶をする、金髪碧眼の美少年。

 生徒会長にして『天剣の勇者』――レオナードが、俺たちを見て目を細めた。


「……おや。妙な連中が来たね」


 彼の手が、流れるような動作で腰の剣に伸びる。

 波乱の第2幕が、幕を開けようとしていた。

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