第8話:氷の檻と、炎の忠犬

 目が覚めると、そこは青白い冷気に満ちた石造りの地下室だった。

 視界の端から端まで、霜が降りている。


「……ッ、寒ゥ……ここはどこだ、地獄かよ……」


 アグニは身じろぎしようとして、自分が鎖で拘束されていることに気づいた。

 いや、ただの鎖ではない。

 手足が巨大な「氷の塊」の中に埋め込まれ、壁と一体化しているのだ。

 炎を出そうにも、体内の魔力回路が凍てついて上手く循環しない。


「気がついた?」


 冷徹な声が響く。

 コツ、コツ、とヒールの音が近づいてくる。

 目の前に現れたのは、豪奢な椅子に足を組んで座る銀髪の少女――天堂カレンと、その横に立つひ弱そうな少年――カイトだった。


 カレンはゴミを見るような目でアグニを見下ろしている。

 その背後には、無数の氷の剣が浮遊し、いつでもアグニの喉を貫けるように照準を合わせていた。


「おいおい……マジかよ。俺、負けたのか?」

「ええ。惨めに、圧倒的にね」


 カレンが指先を動かす。

 浮遊する氷剣の一本が、アグニの頬を掠めた。

 ツゥ、と血が流れる。


「カイト君を危険に晒した罪は重いわ。今すぐミンチにして肥料にしてあげたいけど……カイト君が『話がある』そうよ。感謝しなさい」


 カレンは「さっさと済ませて」とカイトに視線を送る。

 アグニは呆気にとられた。

 あの時、自分を止めたのはこの女の圧倒的な火力だった。だが、今のこの場の主導権を握っているのは、どう見ても戦闘力ゼロの少年の方だ。


 カイトが一歩前に出る。

 彼はアグニの目の前まで歩み寄ると、しゃがみ込んで目線を合わせた。


「よう、アグニ。気分はどうだ?」

「最悪だ。……テメェ、何者だ? ただの一般人じゃねェだろ」

「ただの一般人だよ。カレンのブレーキ役ってだけだ」


 カイトはステータス画面を見ているのか、虚空を一瞬睨んでから、ニヤリと笑った。


「単刀直入に言うぞ。お前、居場所がないんだろ?」


 アグニの眉がピクリと動く。


「お前は強すぎる。その炎のせいで、親にも捨てられ、施設でも恐れられ、ずっと一人だった」

「……ッ、調べたのか?」

「いや、見てればわかる。お前が求めてるのは『破壊』そのものじゃない。自分の全力を受け止めてくれる『壁』と、背中を預けられる『居場所』だ」


 図星だった。

 アグニが言葉を詰まらせる。

 カイトは畳み掛けるように、親指で背後のカレンを指差した。


「見ただろ? こいつなら、お前の炎なんて涼しい風みたいなもんだ」

「……ああ、化け物だよ」

「なら、俺の下につけ」


 カイトの提案に、アグニは目を見開いた。


「俺たちの仲間になれ。そうすれば、お前はもう全力で暴れてもいい。カレンが防ぐし、俺が制御してやる。……退屈な日常に喧嘩売るより、俺たちと世界を救う喧嘩をする方が、100倍面白いぞ?」


 世界を救う。

 そんな臭いセリフ、普段なら鼻で笑っていただろう。

 だが、この少年の目は本気だった。

 絶対的な強者であるカレンを従え、死にかけても一歩も引かなかった男。


 アグニの中で、何かが燻り始めた。

 それは破壊衝動ではなく、もっと熱い、憧れにも似た感情。


「……へッ。いいぜ、乗ってやるよ」


 アグニはニタリと笑い、牙を見せた。


「ただし、俺のボスはそこの氷女じゃねェ。……テメェだ、カイト。弱いくせにイカれてるテメェが、俺の『大将』だ」


 カイトが安堵のため息をつく。

 その瞬間、部屋の温度が急激に下がった。


 ――――――――――――――

 【警告:嫉妬レベル上昇】

 ■ 脳内思考ログ(カレン):

 『なにコイツ。私のカイト君を「大将」呼び?』

 『調子に乗るな。カイト君の飼い主は私よ』

 『後で氷漬けにして庭に埋めようかな』

 ――――――――――――――


「……チッ。カイト君、そいつの拘束を解くのは許可するけど、首輪はつけさせてもらうわよ」


 カレンは不機嫌そうに指を鳴らす。

 アグニの首元に、冷気でできたチョーカーが形成された。


「裏切ったら、首が飛ぶわ。……私のカイト君を裏切るような真似、絶対に許さないから」

「へいへい、怖ェ姉ちゃんだ」


 アグニは首輪をさすりながら、しかしその表情はどこか晴れやかだった。

 こうして、俺たち「厄災攻略パーティ」に、最初の仲間――『紅蓮の皇帝』が加わったのだった。

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