第7話:溶けない氷、消えない炎

勝負はついた。そう思った。

 カレンの圧倒的な氷結魔法の前に、アグニは沈黙したはずだった。


 だが、俺は甘かったのだ。

 未来で国を焼き尽くす男が、これだけで終わるはずがないことを。


 ジュッ……ジュワアアアアアッ!!


 不穏な音が響く。

 アグニを封じ込めていた巨大な氷塊から、猛烈な白煙が噴き出した。


「な……ッ!?」

「……氷が、溶かされてる?」


 カレンが眉をひそめる。

 彼女の氷は、絶対零度の魔力で構成された特別製だ。物理的な炎で溶けるはずがない。

 だが、氷の内部から、マグマのような赤黒い光が漏れ出している。


 俺の『英雄の器』が、警報音のようなアラートを脳内に鳴り響かせた。


 ――――――――――――――

 【警告:対象の状態変化】

 ■ 対象:アグニ

 ■ 状態:臨界点突破

 ■ 予測:自壊による半径3kmの蒸発

 ――――――――――――――


「カイト君、下がって!」


 カレンが叫び、俺の腕を引こうとする。

 次の瞬間、氷塊が内側から爆散した。


 ドゴォォォォン!!


 灼熱の衝撃波が周囲を薙ぎ払う。

 カレンが瞬時に展開した多重氷結障壁(アイス・シールド)が、飴細工のように溶かされていく。


「ヒャハ……ハハ……! 寒ィんだよ、クソがァ……!」


 爆心地に立っていたのは、全身が炭化しかけ、亀裂から溶岩のような光を放つアグニだった。

 目は虚ろで、意識があるのかも怪しい。

 ただ、「負けたくない」「消えたくない」という本能だけで暴走している。


「チッ……面倒ね。完全に消滅させるしかないわ」


 カレンの瞳に冷酷な光が宿る。

 彼女が右手を掲げると、空気が軋み、空に巨大な氷の隕石が生成され始めた。

 あれを落とせば、アグニは塵も残さず消えるだろう。

 だが――。


「ダメだカレン! 攻撃するな!」


 俺は叫んだ。


「あいつの今の魔力は不安定だ! 外から刺激を与えたら、体内のエネルギーが暴走して、この地区ごと吹き飛ぶぞ!」


 そう、これがアグニの厄介なところだ。

 奴は死ぬとき、周囲を巻き込んで自爆する「生きた爆弾」なのだ。

 カレンなら生き残れるかもしれないが、俺や避難し遅れた人々は確実に死ぬ。


「じゃあどうするの!? このままじゃ、熱でカイト君が死んじゃう!」


 カレンが焦りの声を上げる。

 彼女の氷結結界でも、熱を完全に遮断できなくなってきている。俺の肌は既にジリジリと焼けるように痛い。


 力だけでは解決できない。

 必要なのは、奴の暴走を内側から止める「鍵」だ。


 俺はステータス画面を睨みつけた。

 アグニの思考ログ。そこに攻略の糸口があるはずだ。


 ――――――――――――――

 ■ 脳内思考ログ(無意識):

 『寒いのは嫌だ。一人は嫌だ』

 『俺の炎を受け止めてくれる奴はいないのか』

 『誰か、俺を見てくれ。俺を認めてくれ』

 ――――――――――――――


 (……なんだよ。戦闘狂かと思ったら、寂しがり屋のガキじゃねえか)


 俺は覚悟を決めた。


「カレン。俺に、限界まで『冷気』の加護をくれ」

「え? 何を……」

「俺があいつの近くまで行く。説得する」

「ダメ! 絶対にダメ! 死ぬわよ!?」


 カレンが俺の肩を掴んで絶叫する。

 俺は彼女の手を優しく握り、真っ直ぐに見つめ返した。


「死なないよ。君が守ってくれるから」

「ッ……」

「俺は君の力を信じてる。だから君も、俺を信じてくれ」


 殺し文句だ。

 カレンの瞳が揺れ、やがて観念したように頷いた。


「……分かった。でも、少しでも危なくなったら、貴方の意思を無視してでも連れ戻すから」


 カレンが俺の額にキスをする。

 瞬間、冷たい膜が俺の全身を覆った。最強の防護服だ。


 俺は灼熱の嵐の中へと歩き出した。

 一歩進むごとに、靴の底が溶けそうになる。

 アグニは俺に気づき、獣のような唸り声を上げて火球を構えた。


「来る、なァァァッ!!」


 放たれた火球が、俺の鼻先で霧散する。

 カレンが後方から正確無比な狙撃で相殺したのだ。

 信頼できるパートナーの援護を受け、俺はアグニの目の前まで肉薄した。


「おい、アグニ! 聞こえるか!」


 俺は怒鳴った。熱風で喉が焼ける。


「テメェ……死に、たいの、か……?」

「死にたくねえよ! だからテメェを止めに来たんだ!」


 俺は虚勢を張り、震える足を踏ん張って奴を見上げた。


「お前、退屈なんだろ? 自分の炎が強すぎて、誰も遊んでくれないから拗ねてんだろ?」

「……うる、せェ……」

「俺が遊び相手を見つけてやる! 俺の隣には、お前の炎でも溶けない最強の女がいる!」


 俺は親指で背後のカレンを指差した。


「ここで自爆して終わるか? それとも、俺についてきて、死ぬまで退屈しない『最高の喧嘩』に明け暮れるか! どっちか選べよ!」


 アグニの瞳に理性の光が戻りかける。

 だが、暴走したエネルギーは止まらない。奴の身体が崩壊を始める。


「無駄、だ……もう、止まら、ねェ……!」


 奴は泣きそうな顔で笑った。

 自分でも制御できないのだ。


 なら、無理やりにでも止める。

 俺は背後のカレンに向かって、右手を振り下ろした。


「今だカレン! あいつの『コア』だけを狙え! 俺が座標を指定する!」


 俺の『英雄の器』が、アグニの胸元に輝く一点を捉える。

 俺はそこを指差した。


「そこだァァァッ!!」

「――穿て、『氷極の針(ダイヤモンド・ニードル)』!!」


 カレンの魔法が放たれた。

 それは巨大な氷塊ではなく、縫い針のように極細に圧縮された魔力の光線。

 俺の頬を掠め、アグニの心臓部にある「核」を正確に貫いた。


 ジュッ。

 小さな音がして、アグニの身体から噴き出していた炎が一瞬で消失した。

 暴走エネルギーの供給源を断たれたのだ。


「……あ、が……」


 アグニが白目を剥いて、俺の方へと倒れ込んでくる。

 俺はとっさに奴を受け止めようとして――重さに耐えきれず、一緒に地面に倒れ込んだ。


「……重ぇよ、馬鹿野郎」


 俺の下敷きになったアグニからは、もう殺気は消えていた。

 そして、すぐにカレンが飛んできて、アグニを蹴り飛ばして俺を引き剥がした。


「カイト君! 大丈夫!? 火傷は!? 変な男の菌が移ってない!?」

「だ、大丈夫だって……」


 俺は大の字になって空を見上げた。

 黒煙の向こうに、青空が見えた。

 何とか、最初の「大厄災」を救うことができたようだ。

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