第6話:紅蓮の暴走と、最弱の猛獣使い

 第4工業地区は、地獄のような熱気に包まれていた。

 アスファルトは溶け、工場群からは黒煙が上がっている。


「……あつっ、あっつぅ……!」


 現場に到着して数秒で、俺はへたり込みそうになった。

 ただ立っているだけで体力が削がれていく。

 一般人である俺の身体にとって、覚醒者の放つ魔力熱は毒に等しい。


「カイト君!」


 即座に、涼やかな冷気が俺を包み込んだ。

 カレンが俺の前に立ち、氷の結界を展開して熱波を遮断してくれたのだ。


「馬鹿ね。私の後ろから出ないでって言ったでしょ」


 カレンが心配そうに俺の汗をハンカチで拭う。

 その指先はひんやりとしていて心地いい。

 情けない話だが、彼女がいなければ俺はここへ来ることさえできなかっただろう。


「ごめん。……でも、いたぞ」


 俺は視線を前方へ向けた。

 溶けた鉄骨の山の上に、その男は座っていた。

 逆立った赤い髪。破れた学ラン。

 全身から陽炎のようなオーラを立ち上らせている、未来の『紅蓮の皇帝』――アグニ。


「あァ? なんだテメェら。警察じゃねェな」


 アグニが俺たちに気づき、ニタリと笑った。

 殺気だけで肌が粟立つ。


 俺は『英雄の器』を発動し、奴のステータスを確認した。


 ――――――――――――――

 【対象:???(個体名:アグニ)】

 ■ 序列:七つの大厄災・第七位

 ■ 状態:興奮、戦闘欲求

 ■ 弱点:水属性、精神攻撃、挑発に弱い

 ■ 思考ログ:

 『燃やし足りねェ。もっとだ。もっと強い奴はいねェのか』

 『俺の炎に耐えられる奴……俺を熱くさせてくれる奴……』

 ――――――――――――――


 典型的な戦闘狂だ。

 まだ魔王化はしていないが、放置すれば確実に災害になる。


「おい、そこの女」


 アグニの視線が、カレンに向いた。


「いい魔力させてんじゃねェか。テメェなら、俺を楽しませてくれるか?」


 ドォォォン!!

 アグニの足元から火柱が上がり、彼は弾丸のように突っ込んできた。

 速い。俺の動体視力では目で追うのが精一杯だ。


「カレン、右だ!」


 俺が叫ぶと同時、カレンは無造作に右手を振った。

 ガギィィィン!!

 空中に生成された氷の壁が、アグニの拳を受け止める。

 蒸気が爆発し、視界が白く染まる。


「へェ……! 俺のパンチを防ぐかよ!」


 アグニが歓喜の声を上げ、連続攻撃を繰り出す。

 炎の拳打と、氷の防御壁が激突し、凄まじい衝撃波が撒き散らされる。


「うわぁっ!?」


 俺は衝撃波の余波だけで吹き飛ばされ、地面を転がった。

 痛い。擦りむいた膝がジンジンする。

 ただの余波でこれだ。直撃したら細胞一片も残らないだろう。


 その時。

 カレンの雰囲気が、変わった。


「……カイト君?」


 彼女は転がった俺を一瞥し、俺の膝から滲む血を見た。

 その瞬間、周囲の気温が絶対零度まで低下した。


 ――――――――――――――

 【警告:魔王化深度上昇】15% → 40%

 ■ 脳内思考ログ:

 『血。カイト君の血』

 『痛かったよね。ごめんね』

 『……殺す』

 『細胞の一つ一つまで凍らせて、永遠の苦しみを与えてから砕く』

 ――――――――――――――


「――調子に乗るなよ、下等生物」


 カレンの声が、地獄の底から響いたようだった。

 アグニの動きが止まる。

 いや、止まったのではない。空間ごと「凍らされた」のだ。


「あ……? 身体が、動か……」


 アグニの炎が消え、赤い髪が白く凍りついていく。

 カレンがゆっくりと歩み寄る。

 その背中には、禍々しいほどの氷の翼が形成されていた。


「私のカイト君に怪我をさせた罪。万死に値するわ」


 カレンが指を鳴らす。

 それだけで、アグニの四肢に氷の杭が突き刺さる。

 

「ギャアアアアアッ!!」


 絶叫。

 一方的な蹂躙だった。

 アグニも強いはずだ。だが、カレンの強さは次元が違う。

 このままでは、アグニは死ぬ。

 そしてカレンは「カイト君を傷つける敵は皆殺しにする魔王」への道を突き進んでしまう。


「待て! カレン、やめろ!」


 俺は痛む足を引きずり、必死に二人の間に割って入った。


「退いて、カイト君。そいつは害虫よ。駆除しなきゃ」

「違う! 殺したらダメだ!」


 俺はカレンの前に立ちはだかり、両手を広げた。

 ここで彼女を止められるのは、世界で俺だけだ。


「あいつは……あいつは将来、俺たちの仲間になる奴なんだ!(大嘘)」

「……は?」


 カレンが怪訝な顔をする。

 俺は必死にハッタリを続けた。


「俺の予知能力で見たんだ。あいつは改心して、俺たちの最強の盾になる。だから殺すな。……お願いだ、カレン」


 俺は震える手で、カレンの頬に触れた。


「君の手を、人殺しの手にしたくないんだ」


 その一言が、決定打だった。

 カレンの瞳から殺気が消え、氷の翼が霧散していく。


 ――――――――――――――

 ■ 脳内思考ログ:

 『私のために……?』

 『カイト君が、私を気遣ってくれた』

 『聖人? 天使? やっぱり結婚するしかない』

 ――――――――――――――


 カレンはふにゃりと脱力し、俺の肩に頭を預けてきた。

 俺は安堵のため息をつき、その場にへたり込んだ。


 目の前には、氷漬けにされてガタガタ震えているアグニ。

 瀕死だ。だが、生きている。


「……おい、ヤンキー」


 俺はカレンの後ろから顔を出し、アグニに声をかけた。

 今の俺は最強のカレンの虎の威を借る狐だ。


「命拾いしたな。……俺の彼女に勝てるなんて思うなよ」

「……ば、化け物……カップル……かよ……」


 アグニは白目を剥いて気絶した。

 とりあえず、最初の攻略は完了……か?

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