第4話:氷の城

 カレンに手を引かれて辿り着いた先は、街外れの高級住宅街に聳え立つ、洋館のような豪邸だった。

 高い塀に囲まれ、生活感というものが一切感じられない。

 表札には『天堂』の二文字。


「……ここが、天堂さんの家?」

「ええ。両親は海外にいるから、今は私一人よ」


 カレンは重厚な門扉に手をかざす。

 電子ロックが解除される音ではなく、パキリと霜が降りるような音がして、門が自動的に開いた。

 魔力認証。

 この屋敷自体が、彼女の魔力で守られた要塞なのだ。


 玄関をくぐると、ひんやりとした空気が肌を刺した。

 夏だというのに、屋敷の中は冷蔵庫のように冷えている。

 廊下には高価そうな調度品が並んでいるが、どれも薄っすらと霜を纏っていた。


「寒かった?」


 カレンが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「いや、涼しくて助かるよ。……広いな」

「広すぎるだけよ。……一人だと、少し寒いくらい」


 彼女は少し寂しげに目を伏せた。

 未来の記憶にある「氷の魔王」の居城も、今のこの屋敷と同じように冷たく、静まり返っていたのを思い出す。

 彼女はずっと、この冷気の中で孤独に耐えてきたのか。


「適当に寛いでいて。お茶を淹れるわ」


 カレンは俺をリビングのソファに座らせると、キッチンへと向かった。

 俺はその背中を見送りながら、深く息を吐き出す。

 どっと疲れが出た。

 今日一日で起きた出来事は、あまりにキャパシティを超えている。


 俺はふと、テーブルの上に置かれていたフォトフレームに目をやった。

 そこには幼い頃のカレンと、両親らしき人物が写っていた。

 幸せそうな家族写真。

 だが、その写真の端に――見切れるようにして、もう一人、小さな男の子が写り込んでいることに気づいた。


 公園だろうか。カレンの後ろで、泥だらけになって遊んでいる少年。

 ……俺だ。

 間違いなく、幼い頃の俺だ。


「(俺たち、昔会っていたのか……?)」


 記憶を辿ろうとするが、霧がかかったように思い出せない。

 その時、キッチンの方からカレンの鼻歌が聞こえてきた。

 あまりに機嫌が良さそうなので、俺はこっそりと『英雄の器』を発動させた。


 ――――――――――――――

 【対象:天堂カレン】

 ■ 現在の感情:有頂天、独占欲

 ■ 脳内思考ログ:

 『連れ帰った。連れ帰ってしまった』

 『カイト君が私の家にいる。私のソファに座ってる。私の空気を吸ってる』

 『外敵は排除した。結界も張った。ここは私とカイト君だけの楽園』

 『……ねえ、もう一生ここから出さなくていいかな?』

 『学校なんて行かなくていい。私が一生養えばいい。飼えばいい』

 ――――――――――――――


 思考が危険水域に達している。

 「守る」と「監禁する」の境界線が曖昧すぎる。

 俺は冷や汗を拭いながら、この美しくも恐ろしい「同居人」の手綱をどう握るべきか、必死に頭を回転させた。


「お待たせ、カイト君」


 カレンがトレイを持って戻ってきた。

 ティーカップからは湯気が立ち上っている。

 彼女は俺の隣――いや、密着するほどの至近距離に腰を下ろした。


「今日はもう遅いし、泊まっていくでしょ? 客室はあるけれど……もし怖かったら、私の部屋でもいいわよ」


 さらりと言ってのけるその表情は、鉄壁のクールさを保っている。

 だが、俺には見えている。

 彼女の心臓が早鐘を打ち、期待で爆発しそうになっているのが。


 俺が返答に窮していると、リビングの大型テレビに臨時ニュース速報が流れた。


『――ニュースです。本日午後、隣市の工業地帯にて大規模な火災が発生しました』

『現場からは、人の形をした炎のようなものが目撃されており、警察は未確認の覚醒者が関与していると見て――』


 画面に映し出されたのは、赤蓮の炎に包まれて崩れ落ちる工場の映像。

 そして、その炎の中で暴れまわる人影。


「……ッ」


 俺は息を呑んだ。

 見覚えがある。

 あれは未来で日本を焦土に変えた、七つの大厄災の一角。

 『紅蓮の皇帝』アグニ。


 まだ「魔王」と呼ばれる前の、暴走しかけている初期段階。

 

「……野蛮ね」


 カレンが冷ややかな声で呟いた。

 彼女の赤い瞳が、画面の中の炎を敵意を持って睨みつけている。


「暑苦しい。……カイト君の安眠を妨げるようなら、私が消してくるわ」


 冗談には聞こえなかった。

 部屋の温度がさらに数度下がる。

 彼女は本気だ。俺の平和を脅かすなら、街一つごと消滅させることも厭わない。


 俺はカレンの手の上に、自分の手を重ねた。

 冷たい手が、ビクリと震える。


「大丈夫だよ、カレン。あんな奴より、君の淹れてくれた紅茶の方が大事だ」


 俺は彼女の意識をテレビから逸らすために、精一杯の言葉を紡ぐ。

 カレンの頬が朱に染まり、部屋の殺気が霧散していく。


 だが、俺の背筋は凍りついていた。

 アグニ。

 最初の厄災が動き出した。

 この氷の城に閉じこもっているだけでは、いずれ世界は燃やされる。

 俺とカレンの、平穏な夜は長くは続きそうになかった。

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